友情のウェディングドレス!34年後に受け継がれる愛

あなたは考えた事がありますか?
自分の行動が数十年先、見ず知らずの人の運命を左右するかも知れないという事を…

今年5月、我々は熊本県に住むある女性を訪ねた。
彼女は、運命の相手と出会い、結婚。
2人の子供を授かり、幸せな人生を送っている。

しかしこの幸せは、実は遥か40年以上前に芽生えた2人の女性の友情によってもたらされたものだった。
彼女たちの友情がなければ、この家庭が築かれることはなかったのだ。
一体、どういうことなのだろうか?

始まりは今から40年以上前。
熊本県に住む保子さんは、看護師として病院で働いていた。
休日になると、教会で行われている障がい者の支援活動に参加していた彼女は、ある日、そこで1人の女性と出会う。

竹原律子さん…彼女は、難病により背中が変形していた。
そのため幼い頃から周りの子と同じように遊ぶ事ができず、特別扱いされる事も多かった。
だが…教会で出会った保子さんは、笑顔で接してくれた。

年齢が近く、話もあった2人はすぐに意気投合。
互いの家を行き来するようになり、いつしか親友になっていた。
律子さんの夢は、自分で縫ったドレスを着て、バージンロードを歩くことだった。
そんなある日、保子さんが結婚することになった。

数ヶ月後、律子さんの家を訪ねると、そこには1着のウェディングドレスがあった。
実は、親友の結婚を聞き、何か出来ないかと思った律子さんが、痛む腰に耐えながら心を込めて手縫いをし、ウェディングドレスを仕立ててくれたのだ。

そして、幸せな結婚式を挙げた保子さん。
しかしこの後、親友が贈ってくれたドレスが、思いもよらない出来事を引き起こす事になる。

保子さんの結婚式から4年後、障がいを抱えたあるカップルが、結婚式の打ち合わせで教会を訪れていた。
だが、そこで男性が女性に謝っていた。
式を目前に、一体どうしたのか?

彼女の名前は千穂子さん。
元々、走るのが大好きな女の子だった。
だが、幼い頃の脊髄の病気が原因で歩けない身体になった彼女は、ある日、更に衝撃の事実を知る。

両親が娘の高額な入院費を払うため、田畑を売り、知人から多額の借金をしていたのだ。
千穂子さんは自分が家族を不幸にしていたと知り、ショックを受け、何日も眠れなかった。

「私なんか死んだ方が良いんだ」という千穂子さんに、父は「障がいは悪いことでも恥かしいことでもなんでもない。千穂子! 胸を張って生きろ!」と言ってくれた。
自分の為に必死にお金を集めてくれた父。
沢山迷惑をかけてしまっていたはずなのに、娘の幸せだけを願い、励ましてくれた。
以来、千穂子さんは裁縫の技術を学び職を得るなど、様々なことに挑戦、持ち前の明るさを取り戻していった。

そして、31歳になるころ運命の人と出会い、教会で結婚式を挙げることになった。
しかし…相手の男性も、足に障がいを抱えていたため、生活する上でギリギリの収入しかなく、ドレスを用意するお金がなかったのだ。
そんな2人を見ていた牧師夫人が、教会に寄付されたドレスがあるといって、一着のドレスを持ってきた。

それは 4年前、親友の為に縫われた、あのドレスだった。
実は、保子さんは自らの結婚式を挙げた後、ドレスを教会に寄付していたのである。
ドレスは、まるで千穂子さんの為に作られたようにピッタリだった。

千穂子さんの結婚式から7年後。
千穂子さんは、お母さんになっていた。
娘の紗織さんは元気な女の子。
成長するに従い、両親の手伝いを当たり前のようにしてくれるようになっていった。

だが、娘は障がいのある両親を気遣い、自分から遊びに行きたいとは言わなかった。
それは小学生になっても変わらず…授業参観があっても、千穂子さんに知らせようとしなかった。
母が車いすで学校に来るのは大変だろうという、遠慮からだった。

千穂子さんは、娘は障がいを持つ両親を持って幸せなのか、分からなかった。
しかしその時、父の言葉を思い出した。
「障がいは悪い事でも恥ずかしい事でもなんでもない。千穂子!胸を張って生きろ!」

自分には出来ない事がたくさんある。
でも、してあげられる事もあるはず。
下半身マヒでも運転できる車を使い、学校まで行くと…周りの人たちに手伝って貰い、学校の行事には欠かさず参加した。

またある時、娘と遊園地へ行った。
一緒に乗る事は出来なかったが…見ず知らずの人にお願いし、一緒に乗り物に乗って貰った。
決してお金がある訳ではなかった。
ただそれでも…娘の幸せだけを願い、子育てに奮闘した。

子育ても一段落した2007年、千穂子さんは、古くからの知人に誘われおよそ30年ぶりに教会を訪れた。
するとこの訪問が、思わぬ出来事を導くこととなる。

そこには一人の女性がいた。
その女性は、なんと最初にドレスを着た保子さんだった。
彼女もこの日偶然、教会を訪れていたのだ。
同じウェディングドレスを着た2人が、初めて対面を果たした。

そして、この出会いがさらなる奇跡を呼ぶ。
2人には、ともに独身の子供がおり、会わせてみようということになった。
初めて会った時、詩織さんも、夫・啓一郎さんも、まるで昔、会ったことがあるような不思議な感覚がしたという。彼女がドレスを縫ってくれていなければ

2008年8月16日。
バージンロードを歩く女性、この新婦こそ…冒頭、スタッフが訪ねた女性、紗織さんだった。
運命の出会いから8ヶ月後、あの教会で結婚式をあげた。

彼女がまとったウェディングドレスもまた、夫の母、そして実の母が着たドレスと同じものだった。
30年もの間、牧師夫人が大切に保管してくれていたのだ。

30年以上前、1人の女性が、親友の幸せを願い、縫いあげたウェディングドレス。
彼女が込めた想いは、4年後、出会った事のない女性の幸せを彩り…再び花開くこととなった。
そして同じドレスを着た2人の女性は…やがて母となった。

そんな2人の母が偶然出会い、紗織さんは運命の相手と巡り合えたのである。
もしあの時、律子さんがドレスを縫ってくれていなければ…沙織さんの今の幸せは、別の形になっていたかもしれない。

結婚式の後、牧師夫人が教会を離れたため、現在ウェディングドレスは紗織さんが家で大切に保管している。
紗織「私に女の子がいないので、耕平か将史のお嫁さんが着てくれたらいいなと願っています。」

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