押入れの中で溺れ死んだ男

2000年4月某日、この日、とあるアパートの一室で悲劇は起きた。
殺害されたのは福岡県北九州市内のアパート2階に住む、小崎武(仮名)さん、48歳(当時)。
彼は密室の押入れの中で亡くなっていた。

そして解剖の結果、驚くべき事実が判明する。
首周辺に圧迫された跡があったのだが、死因は大量の水を吸い込んだことによる『水死』だった。
彼は、押入れの中で溺れ死んでいたことになる。

さらに、この事件が昏迷を極めたのにはワケがあった。
殺害したと供述する犯人が、なんと2人も現れたのである!

ミステリアスな殺人事件の捜査を担当したのは、福岡県警 捜査一課。
捜査官たちが、彼の交友関係を調べると、遺体発見から3日後、すぐにある人物が浮上した。

元スナック従業員、黒川麻理(仮名・20歳)。
彼女は北九州市のスナックでホステスとして働いていた。
事件の1年前(1999年春)、客として店を訪れた小崎さんと知り合い意気投合、2人は交際するようになった。

恋人である彼女なら、何か事件について知っているかもしれない。
捜査官たちが事情を聞いてみると…なんと麻理は、すぐに殺害を自供したのである!

事件が起きる1ヶ月前に、小崎さんと同棲を始めたという麻理。
しかし、それから間もなく、2人の関係に変化が起きた。
麻里に他に好きな人が出来たのだ。
もう心が離れていたという彼女は、別れ話を切り出した。
ところが、小崎さんはそれに応じなかった。

やがて…他に帰る家がなく、同棲を解消できずにいた彼女に対し、夜遅くなる理由をしつこく問い詰めるようになったという。
そんなある日、好きになった男性といるところを小崎さんに目撃され、男性との関係を問い詰められた。
このことがきっかけで、小崎さんを疎ましく思う気持ちはさらに強まっていった。

そして、事件は起きる。
この日も彼女は夜遅く、同棲先のアパートへ帰宅したのだが…そこにはぐったりと横になっている小崎さんがいた。
最初はただ寝ているだけだと思ったが、よく見ると何か様子がおかしく、息をしていない感じがしたという。
ゆすっても反応がなかったことから、薬物か何かを飲んで自殺をはかったと思ったという。

その時、小崎さんにはまだかすかに息があったのだが、それを見て、麻里にある考えが浮かんだ。
小崎さんとの関係を清算するには、このまま殺すしかない…そう思った。

そして、とどめを刺すように彼の首を絞めると、浴槽に何度も何度も顔を押し付けて殺したという。
遺体を押入れに隠したのは、事件の発覚を少しでも遅らせるためだった。
その後、合鍵でドアに鍵をかけ、逃走した。

話の辻褄は合っている。
しかし、いくら自殺して死にかけているとはいえ、女性1人で殺せるのか?
共犯者の可能性もあるのではないか?
麻理の供述に何か裏があると感じた捜査官たちは、慎重にさらなる捜査を進めることにした。

麻理の逮捕からおよそ1週間後、思いもよらぬ事態が起きた。
この日、取調べを受けていた男の名は、山城慎一(仮名・37)。
金銭目的で、営業終了後のホームセンターに侵入。
設置された自動販売機をこじ開けようとしていたところを、現行犯逮捕されていた。
つまり、小崎さん殺害とはまったく無関係の事件で逮捕されていたのだが…突如、小崎さんの殺害を自供したのだ!

動機は金、独身の小崎さんなら、お金を貯め込んでいると思ったという。
なんと、山城は小崎さんの隣の部屋に住んでいたのだ!

山城が小崎さんの隣の部屋に住み始めたのは、事件から2ヶ月ほど前のことだった。
友人名義で部屋を借りていたため、警察は彼が小崎さんの隣人だとはすぐには気づかなかった。
隣り同士、顔見知りになっていたが、経済的に困っていた山城は、金銭目的で殺害を計画したという。

事件当日、「冷蔵庫を運ぶのを手伝って欲しい」と言って、小崎さんを自分の部屋に呼び出した。
そして…突如、背後から金属バットで殴りつけると、首を絞めて殺害したという。

その後、小崎さんの自室に遺体を移した。
遺体を押し入れに隠したのは、事件の発覚を少しでも遅らせるためだった。
金目のものを探したが、見つからなかったため、鍵だけ奪い逃走した。

だが、小崎さんの死因は水死。
山城の供述とは異なる。
しかし、その事実を山城につきつけても、山城は自分がやったと言い張った。

山城は、麻里を庇おうとしているのではないか? そう思った捜査官たちは、麻里と山城に接点がなかったか、共犯関係を徹底的に調べることにした。
ところが、調べても2人の接点は何も見つからなかった。

さらに、小崎さんの胃の成分を詳しく調べた結果、体内から薬物は検出されなかった。
つまり、小崎さんは自殺などしていなかったのだ。
なんと、麻理の供述も事実とは異なっていたことが判明した。

事件が大きく動き出したのは、捜査開始からおよそ1ヶ月後のことだった。
凶器に使われたと見られる金属バットと、小崎さん宅の鍵が、山城が供述した場所から見つかった。
いずれも捨てた場所は犯人しか知り得ない。
発見された金属バットと鍵は、いいかげんな供述を行っていると思われていた山城が、事件に関与していることを裏付ける、決定的な証拠だった。

ともに供述に不審な点がある男女、一体どちらが正しいのか?
そこで捜査官たちは、2人が供述した内容をひとつひとつ確認していった。

そもそも動機は何だったのか?
殺害状況はどうだったのか?
そして殺害後、2人はどうしたのか?

こうして、2人の供述をひとつひとつ確認していった捜査官たち。
すると…ある衝撃の真相にたどり着いた。

事件があったあの日…小崎さんを襲ったのは、山城だった。
彼は、小崎さんを自分の部屋へ呼び出し、金属バットで殴ると、息が切れるまで首を絞めた。

小崎さんは左側頭部を殴られていたが、小さな内出血程度だったので、警察も当初、これが金属バットによる傷だとは認識できなかったという。
しかし後の調査で、山城の部屋から小崎さんの血痕が発見され、犯行が裏付けられた。

山城は、その後、事件の発覚を遅らせるために、遺体を小崎さんの部屋の押入れに隠すと、金目のものを物色。
しかし、見当たらなかったために鍵だけを奪い、部屋を密室にして逃走した。
それが午後2時40分頃のことだった。

ところが、小崎さんは死んでいなかったのである!
首を絞められたショックで一時的に脈が止まってしまったが、奇跡的に生きていたのだ。
しかし、バットで殴られた上に、首を強く締められたことで、体には大きなダメージが残っていた。
そのため、まだ息はあったが、押入れの前で倒れてしまったのだ。

その後、家にやってきたのが麻理だった。
彼女は力なく倒れている小崎さんを見て、フラれたショックで自殺を謀ったと勘違いした。
そして、彼を疎ましく思っていた麻理は、この状況を見て殺害を決意。
首を力の限り絞めると…その後、浴槽の中に何度も顔を押し付けた。
これが直接の死因となったのだ。

そして、山城同様、麻理も事件発覚を遅らせるために、遺体を押入れの中に隠すと、合鍵で部屋を施錠し、逃走。
時刻は日付が変わった午前2時30分頃だったという。
つまり、2人とも嘘などついていなかったのだ。

終わってみれば、単純な事件だったかもしれない。
しかし、それぞれの『殺意』と、それぞれの『犯行』が、わずか半日の間に偶然重なったこと。
そして『遺体』を隠した場所も偶然重なったことで、かつてないミステリアスな事件に発展してしまったのだ。

その後、裁判にかけられた2人。
最終的に死に至らしめた麻理は『殺人』の罪に問われ、懲役8年が言い渡された。
そして、殺人のきっかけを作った山城は、『強盗殺人未遂』の罪に問われた。

さらに、窃盗などの前科があった山城には、今回の殺人事件後に犯した建造物侵入などの罪も重なり、麻理よりも重い懲役15年の判決が言い渡された。
後に山城は自ら殺人を自供したことについて、別の女性が犯人にされていて申し訳ないと思ったと弁護士に語っている。

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