勇気 ~偶然の連鎖が起こした奇跡の救出劇~

現場となったのは、千葉県白井市 国道464号。
今年5月23日の朝、伊東都さん(50歳)は、職場へ向けて車を走らせていた。
実はこの朝、彼女は携帯電話を忘れたことに気づき、一旦家に戻っていた。
そのため、いつもより15分ほど遅れて、この場所に差しかかっていた。

その時、伊東さんは、かすかな違和感を覚えたという。
この道は片側二車線の一方通行。
いつもなら50キロ程で車が流れている。
しかし、何故か今日は、前を行く車が、次々と車線変更をしていた。

その時! 前を走るトラックが、側壁に車体をこすりつけるようにして、白煙を上げながら走っていたのだ。
しかもブレーキランプは点灯していなかった。
伊東さんは、スピードを上げ…右車線に出るとトラックと並走。
運転席を覗き込んだ。
すると、運転手はハンドルから手を離し、助手席側に倒れこんでいた!

500メートル先には、駅前の交差点がある。
この時間は、通勤や通学の人々でかなり混雑する場所。
もしそんなところに、トラックが突っ込んでいったら、大惨事になる。
伊東さんは、自分が止めるしかないと思い、自分の車をトラックの前に入り込ませた。

今、走っている道は下り坂のため、トラックのスピードは加速しているように感じた。
そのため、上り坂に差し掛かって、スピードが緩んだところで自分の車をぶつけ、止めようと考えたのだ。

しかし、トラックは2トン車、下手をすると自分自身も無傷ではいられない。
伊東さんが迷っていたその時、何と暴走するトラックとの間に割って入る乗用車が現れた。
間に入った乗用車はすぐに停車。

トラックを止めたのは、長原桂三さん(40歳)。
車の検査機器を製造する会社の社員だった。
長原さんは、安全運転管理者という資格を所持していて、講習で事故の映像をたくさん見ていたこともあり、トラックを止めらると判断したのだ。
さらに、AEDの講習を受け、救命率が時間とともに急激に落ちていくという知識があった。そのため、一刻を争う状況だということが分かっていた。

長原さんがトラックを止められると判断した理由の1つは、スピード。
実際、トラックは壁に車体をこすりながら走っていた。
さらに平坦な場所にさしかかっていたことから、スピードは落ち、時速40キロを下回っていたと考えられる。

また、車体をトラックに少しずつぶつけ、減速させてから停止させた方が安全にも思えるが、それもかなりの運転技術が求められる。
隣の車線にはじきとばされないよう、自分の車を真っすぐに止め、追突させる方が確実だと判断したのだ。

運転手の様子を見て、何かしら救命措置を行う必要があることは、すぐに分かった。
しかし、長原さんはまず、後続車の誘導にあたった。
何故なら…トラックを止めても、そこに後続車が追突して二次災害が起きては元も子もない、そう考えたからだ。

そして、電話で救急車を呼んだ。
命の危険にさらされている運転手は、自分が何とかしなければ…そう思っていたのだが、後続車の誘導に手いっぱいで、運転手の元に行く事すらできないでいた。

その時、伊東さんが駆けつけ、救急車を呼んだことを確認すると、慣れた手つきで運転手の容体を確認し始めた。
実は、彼女は総合病院で看護部長を勤める、ベテラン看護師だったのである。

意識や脈がない状態の原因を知るため、瞳孔を確認。
頭の病気であれば左右で瞳孔の大きさが異なるのだが、大きさに違いが見られなかったため、心臓の病気による意識障害の可能性が高いと判断。
心臓マッサージが必要だったが、平らな場所でなければ、心臓マッサージはできない。
運転手をトラックから下ろさなければならなかったが、この高さから引きずり下ろせば、運転手も伊東さんも大怪我をする可能性が高かった。
そこで、降ろすのを手伝ってくれる助けを求めた。

協力を申し出てくれたのは、小畠聡さん。
彼も通勤中、異変に気付き、車を止めて駆けつけたのだった。
小畠さんは仕事で常日頃から重い荷物を運んでいた。
そのため、人ひとりを担ぐくらいワケがなかった。

小畠さんが運転手を車の脇に降ろすと、伊東さんがすぐに心臓マッサージを始めた。
本来であれば、車の陰など、より安全な場所に運びたいところだった。
だが、一刻を争うこの状況では、ただちに心臓マッサージを行う事の方が重要だった。

専門家に確認したところ、この状況下で車外に出る場合、車の後方はもちろん、実は前方も後続車から死角になるという。
車もろとも追突される危険がある。
後方から見える「車の横」という位置は、最善と言えるのでは…とのことだった。

小畠さんは、AEDを探しに行った。
救急隊の到着と、どちらが早いかわからない。
だが命を救うために自分ができる最大限のことを尽くす、そこにいる皆が同じ気持ちだった。

心臓マッサージをはじめて3分ほど経った頃、運転手が1度だけだがあえぐような呼吸をした。
伊東さんは、必死で心臓マッサージを続けた。
すると、小畠さんがAEDを見つけるよりも先に救急隊が到着。
救急隊到着までの20分間、1人心臓マッサージを続けた伊東さんの膝は、血まみれになっていた。

運転手はそれまでいたって健康な60代の男性。
突発性の心筋梗塞によって意識を失ったことがわかった。
その後ドクターヘリで病院へと搬送されたが、意識不明の重体だった。

集中治療室に入ってから3日後、運転手は意識を取り戻した。
しかも一切、後遺症なく回復したという。
その一因は、治療にあたった医師が驚くほど、完璧な心臓マッサージが施されていたことだった。
医師は『奇跡だ』と驚いたという。

しかし、今回の救出劇の背景には、まだ触れられていない更なる偶然があった。
『奇跡の偶然① トラックの荷物量』
長原さんが止めたトラック。
実は、直前に荷物をほとんど下ろしており、偶然にも荷台が空に近い状態だった。
もしも大量の荷物が積まれていたら、衝撃で車は右車線にはじかれ、大事故を招いていたかもしれない。

『奇跡の偶然② 伊東さんの忘れ物』

伊東さんがこの日に限って忘れ物をして、いつもより15分遅れた。
その結果、ベテラン看護師である彼女が現場に居合わせ、完璧な救命処置を施すことができたのだ。

『奇跡の偶然③ 3人目の協力者』

伊東さんたちが困っていたその時、現場に通りかかった小畠さん。
実は、何と、長原さんと小畠さんは会社の同僚だったのだ。
偶然通りかかった小畠さんは、長原さんが事故に遭ったのかと思い、助けようと停車。
結果、救助に協力することになったという。

男性の一命を救い、さらに二次災害も防いだという功績から、3人には、警察から感謝状が贈られた。
いくつもの偶然が重なって起きた奇跡の救出劇。
だが、何より大きかったのは、異変を目の当たりにした時、決して知らぬ顔をする事なく行動に出た、3人の勇気だったのかもしれない。

3日間、生死の境をさまよったトラック運転手は、伊東さんにお礼を言いに来られるほど順調に回復。
職場復帰を目指してリハビリ中だという。

その運転手から、伊東さん達にメッセージが届いた。
「この度は、奇跡的な偶然が重なり、命を助けて頂き、『感謝』の一言です。たくさんの人たちの祈りや願いなどで、まだ使命があり、生かされているのだと、確信しております。不思議な縁に心から感謝をいたします。一生忘れません。本当にありがとうございました。」
善意の連携が生んだ、大きな奇跡だった。

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