マラソン大会で心肺停止 命をめぐる時間との闘い

幕末の英雄・坂本龍馬の故郷、高知。
太平洋をのぞむこの地で、毎年で繰り広げられる熱き闘いがある。

『高知龍馬マラソン』、今から2年前の2月14日。
スタート地点の高知県庁前では、ランナーたちが市民の声援を受け、出発の時を待っていた。

その中に、今回マラソン初参加の森岡啓(もりおか あきら)さんの姿があった。
森岡さんは59歳まで警察官を務め、退職後は市役所で防犯関係の仕事に従事。
この年、『高齢者』となる65歳の節目としてレースへの参加を決めた。

初めてのフルマラソン。
森岡さんは、この日のために10キロの減量を果たし、完走を目指し張り切っていた。

9時ジャスト。スタートを告げる号砲が鳴った!
優勝を目指す者、完走を目標とする者、それぞれの思いを胸に選手たちは42.195キロ先のゴールを目指し走り出した!

高知龍馬マラソンは、陸上連盟登録競技者と一般参加の市民ランナーで構成され、この年の参加者は9534名。
申告予想タイムを基準にSからFの7グループに分けられ、Sグループから順にスタートしていた。

森岡さんは最後尾のFグループ。
グループの中では、中ほどの位置を快調に走っていた。
だが、最初の給水ポイント、森岡さんは散乱した紙コップに足を取られそうになり、この場での給水を諦めた。

さらに…この日は、2月だというのに気温は20度を超える記録的暑さ。
レースに備え、完走できるだけのトレーニングを積んできた森岡さんだったが、暑さと水分不足でその体力はどんどん削られていき…10キロ地点に差しかかる頃には、すでにその足は鉛のように重くなっていた。

そしてスタートから1時間40分が経過、12.5キロ地点を過ぎた時だった。
森岡さんは、突然意識を失い、コースに倒れ込んでしまったのだ。
幸いすぐ近くに、ランナーと並走する観察車がいたため、異変に気づいた係員がすぐにやってきた。

係員の秋山さんは、すぐに携帯電話で救急車を手配。
この日はマラソンによる交通規制のため、救急車の到着は遅れる事が予想されたが、幸い当の森岡さんは意識こそなかったものの、まだ呼吸はしっかりしているように見えた。

そこへ、一人の後続ランナーが駆け寄って来て、慣れた様子で森岡さんの状態を確認し始めた。
そして、さらにもう一人のランナーが駆け寄って来た。
実は、偶然居合わせたこの男性、西本陽央(にしもと よう)さんは医師であり、最初に駆けつけて来た女性も看護師だった。

すると…西本さんは、森岡さんの異変にすぐに気がついた。
なんと!森岡さんの心臓はこの時、既に止まっていたのだ!
突然倒れた者がする、しゃくり上げるような呼吸は、『死戦期呼吸』と呼ばれ、実際には息をしていないうえに、通常呼吸との違いを知識のない一般人が見抜くことはとても難しい。

救急車は秋山さんによって手配済みだったが、西本さんは、AEDの手配も依頼した。
AED(自動体外式除細動器)とは、心肺停止状態となった患者の心肺機能を電気ショックによって復活させるための医療器具なのだが、使用できるのは心臓内が痙攣によってまだ僅かに動いている『心室細動』という状態になっている場合のみで、通常数分でおさまってしまうこの心室細動もなくなると…機械自体が作動しないように出来ている。
したがって、心肺が停止してから再び心肺機能を復活させることができる確率は、毎分およそ10パーセントずつ下がっていくと言われている。

ところが、あたりは田畑の広がる田舎道、AEDが到着するまでに、どれだけ時間がかかるかは全く予想できない!
まさに絶体絶命の危機だった!

森岡さんが倒れてから2分が経過。
現場では、西本医師らが懸命に心臓マッサージを続けていた。
AEDのない今、それが心肺機能を復活させるためにできる唯一の手段ではあったのだが…素早く、強く行うことが重要で、少しでも遅くなったり弱くなったりすると効果が弱まってしまう。
したがって、たったいま10キロ以上走って来たばかりの西本医師と看護師が二人だけでそれを完璧に行い続けるのは、どう考えても無理があった。

だがその時!
もう一人、ランナーが駆け寄ってきた。
勝山 晋亮(かつやま しんすけ)さん…なんと、彼も医師だった!

さらに、2名の看護師も加わった。
やって来たうちの一人、大平さんは妹と参加していた。
実は彼女、森岡さんより一つ上のEグループでスタート。
つまり、森岡さんより前を走っていた。

ところが、妹がトイレに寄っていくというので、大平さんは妹を待つことにした。
すると、その間に、後ろのグループで走っていた森岡さんが、2人よりも前に出た。
こうして、奇跡的な偶然により合計5名の医療関係者が現場に集結。
これで、全員疲れているとはいえ、交代で行えば、ある程度適切な心臓マッサージを続けることができる。

ところが…奇跡の連鎖は、まだ終わっていなかった。
少し離れた場所で異変に気づいた二人のランナー。
すぐに駆けつけ、慣れた手つきで心臓マッサージを始めた。
実は彼、心臓マッサージをはじめとする救急治療のプロフェッショナル、救急救命士だった。

さらに交代した男性も、淀みない手つきで心臓マッサージを始めた。
そう、彼もまた救急救命士だったのである。
だが、AEDはまだ届かない…救急救命士の谷脇さんは、近くにいた白バイに、状況を説明し、AEDを探してきて欲しいと頼んだ。

谷脇さんは今回が初マラソンだったが、高校時代は陸上部で長距離を得意としており、実は、彼もまた森岡さんの一つ上のEグループで出場していた。
ところが、友人の山崎さんが参加することを直前に知り、ゆっくり走りながらFグループの山崎さんを探していたのだ。
そう、これまで集まってきた人々同様、彼らもまた、偶然のいたずらで現場に居合わすことになったのだ。

たった4分あまりの間に、医師2名、看護師3名、救急救命士2名の計7名が集結。
特に西本医師、勝山医師はともに救命救急の現場経験豊富で、その判断は迅速かつ正確。

また日々救急車に乗っている救急救命士の谷脇さんたちも、負けず劣らずのプロフェッショナル。
心臓マッサージなどの救急治療に関しては、集まったメンバーの中で誰よりも優れていた。
こうして偶然に顔を揃えた7人のスペシャリストたちは、医療器具がなに一つない現場で、懸命に命をつなごうとしていた。

彼らは1分1秒の重要性を知っていた。
長くても10分以内にはおさまってしまう心室細動がなくなれば、AEDは電気ショックの必要なしと判断し作動しない。
そして、心肺停止から5分が経過した時…ついに連絡を受けた大会の監察車が現場に到着。

だが…持ってきたのは、救急箱だった。
せめて気道確保に役立てるものはないかと探したが、あるのは包帯や絆創膏など傷の手当て用のものばかり。

この時すでに心肺停止から6分が経過。
もはや手遅れになっている可能性も十分にあった。
それでも、彼らは奇跡を信じ、懸命に蘇生処置を続けた。

そして…心肺停止から7分後の10時47分、ようやくAEDが到着!
すぐにAEDを装着、全員が祈るような思いで見守った。
もしも心室細動まで停止してしまっていれば、AEDは電気ショック治療の必要なしと判断し、作動することはない。
機械の判断は…「(機械の声)ショックが必要です」

谷脇さんは、電気ショックの後、間髪入れずに心臓マッサージを再開した。
10秒…30秒…そして2分が経過した時、自発呼吸が再開した!
だが、まだ安心はできない、病院での適切な治療が必要だった。
1分が1時間にも感じられた。

そして、ついに救急車が到着。
森岡さんが倒れて13分後のことである。
救急隊に状況を説明し、引き継ぎをすると、救急車は直ちに病院へと向かった。

様子を見守っていたランナーたちは喜んでいたが…なぜか救助に携わった西本さんたちに手放しで喜ぶ様子はなかった。
救命救急の現場を数多く見ている彼らには、状況は決して楽観視できないとわかっていたのだ。

高知市内の病院に搬送された森岡さん。
心配停止の原因は…想定外の気温による発汗と、給水ポイントで水分補給をしなかったこと。
これにより血液がドロドロの状態となり、2箇所の血管にできた血栓が血流を阻害して、心臓の動きを止めてしまったのだ。
緊急手術を受けた森岡さんは、その後なんとか一命を取り止め、最悪の事態は回避できたという。

だが、後遺症はどうなったのだろう。
森岡さんの家を訪ねると、出て来たのは…森岡さんご本人。
1カ月の入院を経て退院したのだが、なんと麻痺や言語障害などの後遺症は一切なかった!
森岡さんは、完璧な健康体を取り戻していた。

この奇跡的な回復の理由は…倒れた直後、的確な状態判断がなされ、救急車が到着するまでの13分間、完璧な心臓マッサージが一瞬も途切れず行われたことで、脳への血流が阻害されなかったからだと思われた。

森岡さんは、インタビューにこう話してくれた。
「言語にも障害がないし、運動機能にも障害はないし、脳に異常も見つからないと。ここまで回復してるというのはすごいことですよ。皆さんに助けてもらった命だから大切に使わなきゃだめですよって先生自身が感激したようにいってくれたことが嬉しかったです。」

心肺停止状態に陥った時、素早く適切な処置が生死を分ける。
1分とあけず始まった救護活動、的確な判断。
そして完璧な心臓マッサージ…それらは駆けつけた2人の医師、3人の看護師、2人の救急救命士という、図らずも結成されたドリームチームだったからこそ成し遂げられた奇跡だった。

医師の西本さんと勝山さんが、インタビューにこたえてくれた。
「Q;奇跡的な回復の要因は?」
西本「一番は遅かったにしてもAEDがきちんと届いたこと。それまでの時間を本当にプロフェッショナルの職業の人たちみんなが、ずっと途切れずに胸骨圧迫(心臓マッサージ)を有効にし続けたこと、その2点だと思います」

「Q;奇跡的な回復の要因は?」
勝山「(現場の状況が)病院の一つの救命室にいるような感じでスムーズに心肺蘇生をする様子が心臓マッサージをしながら(感じていた)それもとても良かったのかなと思っています。」

この救出劇に加わった人たちほぼ全員が、救命活動に携わった時間がロスタイムとなり、制限時間オーバーでレースは失格となってしまった。
だが、全員が口を揃えていう。
完走よりも命が救えたことがなにより嬉しい…と。

健康を取り戻した森岡さんは、救助に当ってくれた人たちにお礼の手紙を書き、会いに行ける人には直接出向き感謝の言葉を告げた。
また医師からも、血液の循環を良くするために、マラソンは続けた方が良いと言われ、練習を再開。

そして、今年も開催された高知龍馬マラソン。
そのスタートラインには、なんと森岡さんの姿があった!
更に大平さん、谷脇さん、大阪から参加の勝山さんの姿も。

スタートの合図と共に走り出すランナーたち…沿道の声援にも応えながら、レースを楽しんでいるようだ。
快調に走る森岡さん、2年前に倒れた地点に差しかかった…難なくクリア。
かつて心臓がその鼓動を止めたことがあるとはとても思えない走りだ。

奥さんとお孫さんが待つ20キロ地点前、ドリンクを受け取り颯爽とレースに戻る。
そしてついに、ゴールの競技場へ…見事42・195キロを完走!
記録は4時間45分。年齢から見ても見事なタイムだ。

そしてヒーローたちとの再会。
命を救ってくれた人たちに元気な姿を見せられた森岡さんは…最後にこう話してくれた。
「やっぱり嬉しいですよね。やっぱり。助けてくれた方がいて、一緒にこの場で同じことができるっていうことは。ちょっと他のことでは経験できないくらい素晴らしいことだなあと思いますね。」


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