深さ70メートルの井戸に落ちた子犬を救え!

昨年2月、トルコ・イスタンブール郊外にある飲料水工場で、オーナーが世話をしていたカンガールドッグの子犬が朝からいなくなっていた。
カンガールドッグとは、トルコで古くから主に牧羊犬として飼われている犬種。
4ヶ月前、オーナーが工場の敷地内で飼っていた2匹のカンガールドッグの間に赤ちゃんが生まれ…里親が見つかるまでの間、その子犬の面倒を見ていた。
まだ小さいため親元を離れないだろうと、放し飼いにしていたのだが…朝方、いなくなっていたのだ!

工場の従業員から、裏山で犬の鳴き声がしたと報告があり、裏山に向かった。
すると、ある異変に気づいた。
それは幅わずか30㎝ほどの小さな穴の蓋がなくなっていた。

その穴は、彼が工場のオーナーになる前から存在していた。
子供や一般人は立入禁止の敷地内にあり、しかも人間が入れる大きさではないことから、埋めずに、普段は穴の上に簡易的な蓋がしてあった。
しかし 5日前、この地域に局地的な大雪が降った。
結果、雪の重さで蓋が壊れ、穴がむき出しの状態になったのではと考えられた。

子犬は、この穴に落ちたのかもしれない。
しばらく待っても穴の中から、犬の鳴き声は聞こえなかった。
だが、その後も辺りを探したが、手がかりが全く見つからなかったため…オーナーは穴に子犬が落ちたと考え、消防に救援を要請。
そして消防隊員は、暗視カメラを使って内部調査を始めた。
すると…なんとオーナーの予想通り、穴の底に小さくうずくまる子犬がいた!

だが、子犬が落ちた穴の深さを測ってみると…なんと70m!
地上20階建の建物に相当する深さだった!
一体、この穴は何なのか?

今回の内部調査で分かったのは、底が広がっているということ。
これは穴の底から吹き出した湧水が、周りの土を侵食した証拠。
つまりこの穴は、かつて井戸として利用されていたのだ。
しかしその後、水が枯れたため、長年、放置されたままになっていたと考えられた。

しかしなぜ、70メートルもの高さから落下したにも関わらず、子犬は無事でいられたのか?
実は、穴の幅と子犬の胴回りが、ほぼ同じ大きさだったのだ。
そのため、子犬は穴の底まで一気に落ちたのではなく、ひっかかりながらゆっくり落ちたのでは? と考えられた。

幅30センチ、深さ70メートルの穴からの子犬の救出。
消防隊員がまず考えたのは、穴を広げ、中に入って子犬を救出するというモノ。
だが、この方法は土砂が崩れ子犬が生き埋めになる危険性があるため、得策ではない。

長期戦になると踏んだ彼らは、穴の上に雨や雪を防ぐテントを設営。
万全の体制を整え、作業に臨んだ。

次に彼らが考えたのは…縄で輪をつくり、子犬を引っ掛けるという作戦。
これは穴に落下した動物を救出する一般的な方法の1つ。
通常 人間が穴に入り、縄をくくりつけた後、引き上げるのだが…今回は、人間が入れる穴ではない。
そのため、縄に餌をつけ、輪の中に犬が入った瞬間、引き上げることにした。

すると…子犬が仕掛けた餌を食べた!
しかし、この方法では餌だけが取られてしまう。
何度やっても同じだった。

そこで消防隊が次に考えたのが…パラシュート作戦!
布に紐をくくり付けて袋状にする。
それが底に着くと風呂敷のように広がり、動物を包み込んで持ち上げる、という方法だった。
これは、山岳地方などの動物救助、及び運搬に使われる方法を応用したもの。
しかし…パラシュートを降ろしても、これでは細い穴のすぐ下の部分にしか袋が広がらず、この日は奥にいた子犬を引き上げることはできなかった。

救出3日目。
パラシュート作戦で引き上げるには、袋の上まで子犬をおびき寄せる必要がある。
そこで消防隊員たちは、母犬の匂いのついたおもちゃを穴に入れ、誘導しようとした。
だが、子犬は全く興味を示さず、動こうとしない。

一体何故か?
専門家によると…
「長期的なストレス環境下で、興味よりも恐怖の感情が勝ってしまった。親犬の匂いに興味を示すほど、余裕のある環境下になかったことが考えられます。」

そして、救出4日目。
消防隊員は、横に第二の穴を掘り、トンネルを作って救出する作戦を考えた。
そして、地質調査チームを呼んだ。
だが、雨や雪で地盤がかなり緩んでおり、穴を掘れば崩れる可能性があり、子犬の命に危険が及ぶかもしれないという。

実は井戸があるような場所の多くは、水を通しやすく、隙間が多い地層からなっている。
つまり、元々もろく崩れやすい土壌ということ。
そのうえ…数日前からの悪天候で、地盤がいつも以上に緩んでいた。
そのため子犬のいる穴の横に、人間が入れる大きさの別の穴を掘ると、崩壊する危険性もあった。

トンネルを作って救出する作戦も、断念するしかなかった。
その後も救出活動は続けられたが、打開策は一向に見出だせず、時間だけが過ぎていった。

そして、救出6日目。
どこからか子犬の救助の噂を聞きつけた人たちが、様子を見にくるようになり、救助活動や穴に閉じ込められた子犬の様子は、若者たちによってSNSで発信された。
穴の底にいる子犬の状況は…瞬く間に人々の間に拡散していった。
さらに…ニュース番組が、この救出作戦を大きく取り上げたことにより、トルコの国民から注目を浴びるようになった。
やがて現場には、子犬救出の瞬間を見届けようと、多くの人が集まるように。

救出7日目。
野次馬の中には、停滞している状況にしびれを切らし、厳しい意見を言う者もいた。

そして…救出8日目。
子犬の救出に国民の注目が集まったこともあり、ついにトルコ政府が動き出したのだ!
派遣されたのは政府直属の特殊部隊AFAD。
彼らは地震など自然災害の多いトルコで、がれきの中からの人命救助や、崩壊した建物の復興活動などに従事。
あらゆる災害におけるエキスパートだった。

だが…幅30㎝、深さ70mの穴に落ちた子犬の救出。
それは特殊部隊ですら、体験したことのない任務。
彼らをもってしても、打開策を見出すことはできなかったのである。

子犬には、定期的に餌や水が与えられ、餓死の危機はなかった。
とはいえ、この先、何が起こるかはわからない。
一刻も早い救助が求められた。

そして、救出活動も10日目を迎えた。
特殊部隊AFADが提案した方法は、別の穴を掘り、横からトンネルを掘って救出するというもの
しかし、それは…前の調査で消防隊員たちが断念した方法だった。
特殊部隊は状況を打破すべく、子犬に危険が及ぶ可能性を承知の上で、強硬策を提案してきたのだ。

そんな時だった。
一人の男性が、「良かったら これ使ってみてくれないか?」と言ってきた。
近所に住むダブットさんだった。
実は、ダブットさんは 数日前、救出の様子を見に来ていたのだ。
その時、「子犬を救うなら もっと別のいい方法があるんじゃないか?」と考えた。
工場の近所に住む彼は、自宅に戻ると…子犬を助けたいという一心で一から道具作りを始めた。

そして…3日かけて、家にあるものを利用し、オリジナルのワイヤーを完成させた。
自宅にあった水道管に釣り竿を付け、さらにその先に丸い鉄のワイヤーを取り付けた。
そして穴の奥にいる犬を捕まえるために、このワイヤー部分にある仕掛けを施した。
手元の紐を引っ張ると…前方部分が持ち上がり、90度に折れ曲がる。

さらに…管の内部に通した別の紐を引っ張ると、先端が伸び縮みする。
これは、内部に重石が仕込んであり、紐を引っ張ると、重石とともに先端が縮み、逆に紐を緩めると重石が下がり、先端が伸びる仕組みになっている。
そして、鉄のワイヤーに巻きついているもうひとつの紐を引っ張ると、紐が締まり、子犬を捕獲できるというわけだ。

子犬の命を救いたい。
その気持ちは特殊部隊AFADも同じだった。
そして、ダブットさんが作成したワイヤーを使用して、救助を試みた。

ダブットさんのワイヤーは、重石の力でアームが伸びる仕組みになっていた。
だが、穴の底は思った以上に土砂で凸凹していたため、重石の力だけではその山を押しのける事ができず、ワイヤーを伸ばせなかったのだ。
こうして再び、打つ手がなくなってしまった。

そこへ…地元の高校の生徒たちがやって来た。
実は、この数時間前…SNSで子犬のニュースを知ったその高校の卒業生が、校長を通じ母校のある部活に連絡をしていた。
その部活こそ、ロボット部。
その頃 彼らは、1ヶ月半後にアメリカで開かれるロボット大会に向けて、最終仕上げを行っており、多忙を極めていた。
だが彼らは、大会用のロボットを分解して、子犬を助けるためのロボットの製作に取り掛かったのだ。

そして、彼らが作り上げたもの、それが…ロボットアーム!
先端部分は、木材を柔らかい素材でくるみ、子犬を傷つけないように工夫。
さらにダブットさんのワイヤー同様、紐を引っ張ると90度曲がり、紐の先につながっているスイッチを押すと…空気圧でアームが伸び縮みする仕組みとなっていた。

早速、消防隊員たちは、高校生が作成したロボットアームを試した。
これはその時の実際の映像、アームが穴の下へ向かっていくのがわかる。
そして、穴の底に子犬を発見した!
さらに…ダブットさんのワイヤーは、土砂が邪魔になり先端部分が子犬まで届かなかったのだが、空気圧で伸びるロボットアームは…子犬に至近距離まで近づくことができた。
果たして…救出なるか?

だが、結局、子犬を救出することは出来なかった。
一体なぜか?
実は、ロボットアームは、子犬を掴むところまでは成功していた。
しかし約12キロある子犬を、持ち上げるだけの力がなかったのだ。

万事休す。
やはりもう一つ別に穴を掘り、横から救出するしかないのか…その時だった!
消防隊員が、あることを思いついた。

ダブットさんのワイヤーは、伸びる力が弱く子犬に近づくことができなかった。
一方高校生のロボットアームは、子犬に近づくことが出来たものの、掴む力が足りず引き上げられなかった。
ワイヤーは子犬に近づけさえすれば、引き上げられる可能性は高い、あとはロボットアームで子犬に近づくことさえできればいい…
そう彼は、高校生のロボットアームの先に、ダブットさんのワイヤーを取り付ければ、互いの弱点を補えると考えたのだ。

そして、救出開始から11日目の朝。
これが穴の上から救助する最後のチャンス。
果たして…子犬の運命は!?

高校生のロボットアームの先にダブットさんのワイヤーを取り付けた、新たな装置が穴の底に近づいていく。
そして子犬の近くまで到達。
子犬がワイヤーの方を向いた瞬間、一気にアームを伸ばした。
そして…ついに、深さ70メートルの穴に落ちた子犬の救出に成功した!

子犬は、すぐに動物病院へ搬送され、健康チェックや血液検査が行われた。
結果は、全て問題なし!
その後、子犬は消防署に引き取られることになった。

実は、消防署は過酷な状況を生き抜いたこの生命力を人助けに生かし、救助犬として活躍して欲しいと、オーナーに引取りを申し出たのだ。
消防署に引き取られた子犬は、トルコ語で井戸という意味の『クユ』という名前を与えられた。
そして現在、クユはトルコ一有名なカンガール犬として元気に暮らしている。


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