実録!虐待疑われた看護師と女性弁護士の戦い!

今から11年前の7月、ある看護師が逮捕され、日本中が驚愕した事件を、あなたは覚えているだろうか?
逮捕された看護師の名前は上田里美容疑者。
逮捕当時、彼女は日本中のメディアからこう呼ばれ、一躍 時の人となった。
「爪剥ぎ看護師」と。


全ての発端は、逮捕のおよそ1ヶ月前、この病院に勤める高杉知恵看護師(仮名)が、ある戦慄の光景を目撃したことから始まった。
それは1週間前にこの病棟に赴任して来たばかりの新任課長、上田看護師がニッパーを持って患者の足元で何かをしていた。

その翌日のこと…高杉看護師は、その患者の家族から「オフクロの足、何でこんなことになってるの?」と聞かれた。
指には綿花が巻かれていた。
それを取ってみると、患者の親指の爪はほとんど無く、根元付近の皮膚からは内出血の痕も見られたのだ。

説明を求める家族に、高杉看護師は課長である上田看護師を呼んだ。
高杉看護師はこの時、昨日自分が見た件について、上田看護師が何らかの説明をすると思っていた。
ところが…なんと、上田看護師は、この時 自分は何もわからないとして、説明を拒否したのだ。


さすがに耐えきれなくなった高杉看護師は、この件を看護部門のトップである谷川看護部長に報告。
実はこの3年前、京都府内の病院で看護助手がストレスから、寝たきり患者6名の爪を剥いだとして有罪判決を受ける事件が発生していた。
だがそれでも、谷川看護部長はとにかく落ち着けというばかりだった。

このままでは大変なことになるのではないか、そう心配していた矢先のことだった。
上田看護師がニッパーを持って病室に向かうのを見かけ、その様子を病室の外から覗いてみた。
すると…上田看護師がニッパーで患者の爪を切り始め…「取れちゃった…」と言ったのを聞いてしまった。
上田看護師が病室を出て行った後、患者の足を確かめると…患者の爪が剥がれていたのだ!


その後、病院内の医師が指先を診察。
診断は「機械性爪甲剥離(きかいせいそうこうはくり)」。
つまり、爪は切ったのでなく剥がれたという結論だった。
しかし、なぜか虐待の事実が明らかになっても谷川部長は積極的に動いてくれなかった。
そして、高杉看護師は…新聞社にこの事実を内部告発!
慌てた病院側はその日の夕方…急遽記者会見を開催すると、「虐待があった」ことを正式に認め、謝罪。

そして、記者会見から一週間後、ついに上田里美看護師が「傷害罪」で逮捕された。
これで身の毛もよだつ虐待事件は、ようやく終結へと向かっていくはずだったのだが…逮捕の翌日、当時7年目の若手だった東敦子弁護士が、当番弁護依頼のファックスを受け取った。
そして、この瞬間から事件は誰もが予想しなかった方向に大きく転がり始める!


東弁護士は、初めて上田さんと面会した時の印象をこう話している。
「本当にボロボロで泣いて、怯えている。そういう印象を受けました。」
そして、上田さんは、あれはケアだったと主張した。

そのことについて東弁護士は…
「はっきり爪を剥いでいませんというのは言われたので、報道では爪を剥いだと ずっと言われていましたけど、そういう事件ではないんだというところまではわかったんですよね。」


しかし、根元までほぼなくなり、内出血もしている指先、素人目には とてもケアとは思えない。
そこで我々はこの写真を爪に詳しい専門医に見てもらった。
すると…「(処置が)きれいだと思います。もちろん虐待とかではないですし、適切なフットケアだと思います。」
なんと、専門医もこの爪を「虐待」ではなく「ケア」だという。

実は、寝たきりになった高齢者の爪は、若い健康な爪と違い、白癬菌が原因で分厚くなったり、鷲爪状に変形しているケースが多い。
放置すれば、何かに引っかかり爪が根本から剥がれて、多量に出血したり、変形した爪が指に食い込んで、著しい苦痛をもたらすこともある。
それを防ぐ為に 専用のニッパーを使い、分厚くなり、すでに皮膚から浮いてしまっている爪のほとんどを一旦取り除いてあげるのが、いわゆるフットケアだったのだ。


そう、実はこの事件は冤罪事件であり、上田さんは虐待などしていなかった。
しかし、日本の刑事裁判は有罪率99.9%。
起訴されれば、無罪を勝ち取れる可能性はほぼ0に等しい。

これは、突然 爪はぎ看護師と世間から後ろ指をさされ、人生を大きく狂わされた上田里美さんと、当時7年目の若手だった東敦子弁護士が、99.9%の壁に挑んだ、3年2ヶ月にも及ぶ、戦いの記録である。


事件当時 上田さんは、病院に17年間勤務するベテランで、高齢患者ケアの豊富な知識と経験は病院からも高く評価されていた。
そして、事件が起こるわずか10日ほど前、彼女は舞台となる病棟に看護課長として異動してくると…新しく関わるスタッフの見本となるために「あること」を始める。
それが、「フットケア」だった。

しかし、このフットケア、当時は ほとんどの医療教材に記載されておらず、看護師の通常業務にも含まれていなかった。
そのため、そもそもフットケアを知らなかった高杉看護師が上田さんの行為を虐待と勘違いしてしまった。
これが全ての発端だった。


では なぜ、上田さんは患者の家族から質問された時に、ケアのことを説明しなかったのか?
実は、爪を切り終えた後、血がにじんでいることに気づいた上田さんは、手当をしようと思ったのだが、ガーゼを持ってくるのを忘れてしまい、応急処置をして、後できちんとをしようと思っていた。
だが、他の患者さんのケアをしているうちに、つい忘れてしまい、そのまま放置してしまったのだ。
家族から問い詰められた時、丸一日以上経ってしまっていたため…いい加減な仕事をしていると思われたくないという気持ちから、つい嘘をついてしまったという。


自らの保身のために、つい 口にしてしまった嘘。
だがこれが、さらに 大きな不幸の連鎖を生むことになる。

不幸の連鎖…その始まりは、あのとき診断を下した医師が爪に詳しい皮膚科の専門医ではなかったことだった。
さらに、調査に乗り出した病院幹部たちは医師ではなかったため、看護師の上田さんよりも 医師の診断を信じてしまい「虐待」を認め謝罪する方針を決定。


そして、マスコミもまた、当事者である病院が認めたため、誰一人疑うことなくそれを”事実“として報道。
また世間の食いつきの良さからか、その内容は 日毎に過激さを増していった。

ある新聞はシーツに大量の血などという、誰も見ていない情報を掲載。
またある新聞は、同僚の看護師のほとんどが上田さんのことを悪く言っていないにもかかわらず、「人付き合いがあまりよくない」という、たった一人だけが言った情報を元に上田さんの性格を「暗い」と印象付けた。

こうして、ほんの小さな嘘と誤解が恐るべきスピードで雪だるま式に膨れ上がり、上田さんは日本中から「心に闇を抱えた爪剥ぎ看護師」として断罪されることになった。
これが彼女の身の上に起こった「事件の真相」だった。


東弁護士は、上田さんのために猛勉強を開始。
当然、爪のことに関しては全くの素人だったが、手を尽くして専門家を見つけては爪ケアに関する情報を集めた。

だが、上田さんが逮捕されてから およそ1ヶ月後のこと。
なぜか急に上田さんの様子がおかしくなり、ついには面会まで拒否されるようになってしまった。


ここに一冊のノートがある。
東弁護士が、日々取り調べの様子を書き留めておくように渡していたこの「被疑者ノート」には「ある言葉」が幾度なく登場する。
それは…「看護師ではなく、人として」という言葉。

刑事からは連日、こう言われていた。
「もし、あなたが患者さんの家族だったら、これを見てどう思います? 剥いだように見えませんか? いやそもそも人として許せますか?」
こうして極限状態の中で、上田さんの心は完全に折れてしまったのだ。

上田さんは、当時のことをこう話してくれた。
「私を救ってくれるのはここから出してくれるのは刑事さんだと思った。それが罪になるならないではなく、ここから出してくれるのは、刑事さんだと本当に思いました。ただ、自分が楽になりたかった。」


東弁護士から渡されていた被疑者ノートも、ある時期からほぼ白紙の状態が続く。
だが、そんなある日のことだった。
一人の面会者が上田さんの運命を変えた。

荒井俊行弁護士。
看護の業界と縁が深く、事件報道に違和感を覚え、面会に訪れたのだ。
そしてこの時、荒井弁護士が口にしたある言葉が、崩壊寸前だった上田さんの心に深く突き刺さった。

その時のことを、上田さんはこう話してくれた。
「何を大事に勤務してたの?とか看護師として聞いてくれた。看護師としての話をしませんか?と言ってくれた。看護師として話していいんですか?って聞いたら、看護師でしょ?って。それで目が覚めたというか、嬉しかった。」


そして…取り調べはすでに警察から検察に移っていた中で、上田さんはこの日から、再び否認に転じたのだ。
そんな中、全国の看護師が加盟する日本看護協会が、上田さんの行為はケアだったとする声明文をマスコミ各社に発表。
全面支援を約束してくれたのだ。


さらに、最愛の家族も…逮捕当時上田さんには、15歳の長男・和佳さん、13歳の長女・愛子さんという二人の子供がいたのだが、母親の逮捕後も子供達は一日も休むことなく学校に通った。
それが、彼らなりの戦い方だった。

長女の愛子さんは、母親が逮捕された時の気持ちを日記にこう書き残している。
『そいつらは急にやってきて、家庭の絆をこわそうとしている。でも、こわれるはずはない。どこのやつらでも、こわれることはない。絶対に勝ってやる。もう、警察もマスコミも何も信じない。』

信じてくれる人がいる。
そう思えば 戦い続けることができる。
その後も否認を続ける上田さんの拘留は続き、最後には取り調べの検事から「あなたと検察側の全面的な喧嘩だね」とまで言われたが、その信念は曲げなかった。


そして、逮捕から実に102日後、上田さんは保釈された。
しかし それまで、自営業の夫と2人で家計を支えてきたが、病院からはすでに解雇され、収入は半減。
高校1年生の息子と中学2年生の娘には、これからもっとお金がかかる。
もし有罪判決が出れば看護師に戻ることはもうできない…

そんなある日のこと、上田さんはパートを始めようと、履歴書を用意していた。
すると…長女・愛子さんから「お母さん看護師なんじゃないの? お母さんから看護師とったら何も残らんでしょ!」と言われたのだ。
「自分は看護師」、それは、折れかけた心をもう一度取り返すきっかけとなった「絶対に曲げてはいけない」信念だった。


こうして、絶対に負けられない裁判が始まった。
東弁護士は、上田さんの行為が虐待でないことを示すために、最強の証人たちを布陣。
その結果、爪に関して日本有数の権威である医師や看護学の第一人者と称される教授が揃って、彼女の行為は「ケア」であると断言してくれた。

そして法廷の外でも、地元の医師らを中心に「爪ケア事件を考える会」が発足。
多くの看護師仲間が立ち上がった。
皆、人ごとではなかった。
上田さんを有罪にすることは、この国の「看護」という職業を否定することになる。
また、そんな動きがメディアの目にも止まり、ついに「ケア」という言葉を使う記事も掲載され始めた。


そして迎えた、一審判決の日。
言い渡されたのは懲役6ヶ月執行猶予3年の有罪判決だった。

判決文の内容は、驚くべきものだった。
そもそも最大の争点は彼女の行為が虐待に当たるのか、それともケアだったのか?というポイントのはずだった。
だが、裁判所は「行為自体はケアである」と認めた上で、逮捕当初に取られた供述調書を元に「上田さんには悪意があった」として、有罪という判断を下したのだ。
到底理解できない判決に、上田さん側は即日控訴。


高裁に向け再び共に戦い始めた上田さんチーム。
新たに爪ケアの様子を実際に撮影して提出するなど、さらなる わかりやすさを追求した。

一方、一審で爪切り行為そのものは「ケア」であることが認められたため、現場の萎縮を懸念していた爪ケアの会や、看護協会が戦うメリットはすでに無くなっていた。
だが、彼らも引き続き積極的な支援を続け、最終的に集まった上田さんの無罪を願う署名は3万件を超えた。


そして、いよいよ高裁判決の日が、やってきた。
やれることは全てやりきった。
判決は……無罪。
高裁は「楽しむために爪を切った」という、逮捕当初の供述調書は信頼できないとして採用せず。
ついに、99.9%の壁を打ち破り、この「当然とも言える判決」を勝ち取ったのだ。


ここに至るまでの3年2ヶ月、辛い思いをたくさんした。
だが、それと同時に手を貸してくれた人もいた。
執拗な取り調べに、折れかかった心を立ち直らせてくれた荒井弁護士。
看護師としての上田さんを誰よりも理解してくれた看護協会や爪ケアの会。
3万を超える署名嘆願をしてくれた全国の看護師仲間たち。
そして、どんな時でも支え続けてくれた最愛の家族。
どの人が欠けても、この「当然の判決」には、たどり着けなかったかもしれない。

上田さんは、当時のことをこう話してくれた。
「本当にいろんな方が応援してくれて、一緒に戦ってくれて、もうきりがないんですけど、それでもやっぱり一番の味方は東先生ですね。すごい大変だったと思うんです。でも 先生はいつもそばにいてくれて、東先生じゃなかったら ここまで頑張れなかった。」


3年2ヶ月の戦いを経て、ようやく勝ち取った無罪判決。
その後、病院へ解雇無効を求めた民事訴訟でも和解が成立、上田さんの名誉は完全に回復された。
共に戦い続けてきた家族にもようやく笑顔が戻り、上田さんは今も、看護師として日々忙しい毎日を送っている。


多くの人たちからの協力で、当たり前の日常を取り戻した上田さんだが、東弁護士によると、実は長い裁判の中で、まるでドラマのような 異例中の異例ともいえる出来事があったという。
それは、検察側の証人として、上田さんの元上司、谷川看護部長が出廷した時のことだった。

検察は、上田さんが嘘をついたことを印象づけるために、谷川部長を出廷させたのだが…
なんと、検察側の証人であり、虐待を病院側が認定した際、記者会見にも出席していた谷川看護部長が上田さんの行為をケアだと証言したのだ!


実は、高杉看護師から報告を受けた時、谷川看護部長は事実を隠蔽しようとして止めたのではなかった。
プロの目から見ると、爪は綺麗であり、上田さんの行為がケアだったことは明白。
だが、当初 彼女が嘘をついていたこともあり、まずは正確に事態を把握しなければならないと思っていたのだ。

事実、その後 病院が行なった調査でも谷川部長だけは、上田さんの行為はケアだったということを一心に主張。
しかし、最終的には組織の決定に逆らえず、泣く泣く記者会見にも出席した。


だが翌日以降、連日ニュースで悪魔のように断罪される上田さんを目の当たりにし、逮捕当初から東弁護士に連絡を入れていたのだという。
東弁護士は、当時のことをこう話してくれた。
「当初 上田を救いたいという連絡をくださっていた方なので、検察側証人として来られたとしても、正直な思いを法廷で言われるかもしれないなという予測は少しありました。」

「虐待ではなく ケアだと思います!」
そんな、ドラマのような谷川部長の信じられない勇気も、99.9%の壁を越える力になったのは間違いないはずだ。


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