あなたならどうするSP

配管工の姿をした天使と呼ばれた男性


昨年9月、あるイギリス人女性のSNSへの投稿が世界中で話題となった。
それは、地元で配管工として働く男性のとった行動についてのものだった。
多くの人を救い、笑顔をもたらしたことから、配管工の姿をした天使と呼ばれたこの男性。
彼の行動とは一体どんなものだったのか?


イギリス・バーンリー、7万人ほどの人たちが暮らすこの町で…ジェームズ・アンダーソンは個人で配管を請け負う会社を経営、生計を立てていた。
決して満足の行く収入を得られるわけではなかったが、自分の仕事が町の人々の生活を支えていることに誇りを感じていた。


だが、今から4年前のある日のこと…この日、ジェームズは初めての客から依頼を受けていた。
聞けば、ボイラーの調子が悪いので近所の配管業者に見てもらったところ、もう直らないので新品に交換する必要があると言われたのだという。
さらに…交換する費用に4000ポンド以上(約50万円)と言われたというのだ。


ところが 後日、ジェームズが実際に行って見てみると、そこでとんでもないものを発見した。
それは、丸められた一冊の雑誌。
なぜか配管の中に入っていたのだ。
しかも…発見されたのはただの雑誌ではなかった。
ガス配管の業界誌で、その職についている人以外は、まず手にすることがないと思われるものだったのである。


雑誌の一件をきっかけに、ジェームズは独自の調査を開始。
すると思いもよらない実態が明らかとなった。
実はイギリスでは以前から、収入が低く充分な燃料を購入したり、暖房設備を整えたりすることが出来ず、冬の寒さを凌ぎ切れないという、燃料貧困に陥る人々の存在が社会問題になっていた。
貧しさゆえに暖房器具に不具合が生じても、直すことが出来ない人も多い。
実際に寒さが原因による自宅での死亡例が、年間で3200件以上発生しているというデータもあった。


その上、高齢者や重い病気を抱える一人暮らしの人たちから工事の依頼を受けると、修理に手を尽くしたと見せかけ…
頼る人も近くにいない老人たちを騙し、なけなしのお金をむしり取る悪徳業者が横行している可能性が高かった。


ジェームズは、お年寄りや体の不自由な人を利用するなんて絶対に許せないと思った。
しかし、たった一人でこの問題を解決することはどう考えても不可能に思えた。
なぜなら…雑誌を詰めた業者に直接注意したところで、結局はその場限りの解決にしかならない。
そもそも 雑誌が専門誌だったとはいえ、それだけで業者の犯罪行為だったと証明することはできない。
となれば、SNSなどで注意喚起を促したり、警察に相談したりすることもできないからだ。
こんな時、あなたならどうする?


ジェームズはこの問題を解決するため、新たなコンセプトの会社『Depher』(デファー)の設立を決意。
経済的に困窮する一人暮らしの高齢者など、暖房器具に不具合があっても直せない人々を対象に、格安で工事を請け負う会社を作ろうとしたのだ。
修理費用は客の事情によって相場の25%?75%。
また 仕事を引退している65歳以上の経済的に厳しい人からは、人件費はおろか部品代もとらない。


会社の運営資金は、燃料貧困の問題を同じように深刻に捉えている人たちの寄付によって運営するという。
すると…妻のバーバラは自分のお金を使ってほしいと、銀行から来た通知を差し出した。
実はバーバラは、18歳の時 交通事故にあい、車椅子での生活を余儀なくされていた時期があった。
事故で受け取った保険金 数百万円をずっと使わずにとっておいたのだという。


こうして、新会社『Depher』をスタートさせたジェームズ。
すると、立ち上げ直後から工事依頼が殺到。
高齢者や、病気などの事情があり、収入や蓄えのない人々にとって、それは夢のようなサービスだった。
そして会社を作ってわずか1年あまりで、デファーは 500件以上もの工事を無料、もしくは相場よりもかなり低価格な料金で行った。
ジェームズが始めたサービスのおかげで、多くの人たちが救われたのだ。


しかし…その一方で、会社の経営は全く軌道に乗らなかった。
工事による収入はほとんど見込めない中、インターネットを通じての寄付や支援も思うように集まらない。
なんとか妻の援助を得て仕事は行っていたが、やがてそのお金も底をついてしまった。


そこでジェームズ自身も銀行から数百万の借金をし、なんとか支援の輪を広げようと努力を続けたが、状況が変わることはなかった。
もうここまでかもしれないと言うジェームズに、バーバラはこう言った。
「65歳以上の人は無料にするんじゃなくて、場合によっては部品代くらいもらってもいいんじゃない?会社が潰れてしまったら、元も子もないんだから」


この日、ジェームズは、白血病を患う91歳の一人暮らしの女性の自宅を訪れていた。
ボイラーが壊れたと、彼女の娘から依頼を受けたのだ。
修理代金を聞かれたジェームズは、即答できず、請求書をメールで送ると伝えた。
高齢で病気を抱える女性…これまでならば、無料で工事を行ってきた。
しかし彼女には支えてくれる娘がいて、その娘には多少とはいえ収入や蓄えもある。


そして後日、娘のクリスティーンに請求書の添付されたジェームズからのメールが届いた。
そこに記されていた金額は…0ポンド。
そう、ジェームズは今まで通り無料で修理を行う決断をしたのだ。


そしてその請求書には、彼女の母親に対するメッセージも添えられていた。
『女性は91歳。急性白血病。終末期医療この女性にはどんな状況でも一切請求は致しません。彼女が快適に過ごせるようにこれからも24時間 できる限りのサポートをさせて頂きます。』


クリスティーンさんは、メールを受け取った時のことをこう話してくれた。
「最初は混乱しました。これって本当のことなの?って。そのあとあまりの優しさに感動しました。彼は本当に素晴らしいです。だから私たちは彼のことを配管工の格好をした天使って呼んでいるんです。」
そして、この『0ポンドの請求書』がこの後、大きな奇跡を呼ぶこととなる。


感動したクリスティーンは、ジェームズの請求書を自身のSNSに投稿。
すると…この請求書を見た多くの人たちがジェームズの行為を絶賛。
瞬く間に十数万の『いいね!』がついた。


しかも、その後、彼ら自身が次々と『0ポンドの請求書』が添付された彼女の投稿を拡散していった結果…なんと『0ポンドの請求書』に感銘を受けた人たちから、次々と寄付が集まり出したのだ!


それまでほとんどゼロだった寄付が、突然1日で何十万円も集まるようになり、昨年9月から現在までに集まった金額の総額は、2000万円近くにまで及ぶという。
この寄付金のおかげで、多くの人を救うために背負った借金の返済はもちろん、当面の活動資金も得ることができた。
その結果…この冬には実に1000件以上の配管工事を行うことができたという。


今年は世界がコロナの脅威に晒され、イギリスも長期のロックダウン下にあったが、ジェームズさんは…
「ロックダウンの最中も可能な限り工事は続けていました。他にもマスクや消毒液を寄付したり、子供にプレゼントを買ったりすることができない親御さんに代わって、ちょっとしたケーキや風船などのプレゼントを玄関に置いたりする活動なども行なっていました。」


寄付が集まったおかげで、『Depher』は事業を拡大。
ジェームズさんの住むバーンリーだけでなく、今やイギリス中にいる多くの配管工がジェームズさんの考えに賛同して、デファーに登録し、無料の工事を行なっているという。


ジェームズさんは、こう話してくれた。
「今後、イギリス中で私たちのビジネスモデルが受け入れられるようになれば、悪徳業者はいなくなると思います。そして燃料貧困の問題も簡単ではありませんが、今よりも改善されるべきです。我々は豊かな地球に住んでいるのですから、協力すれば絶対に実現できるはずです。」


ジェームズさんに命を救われたという人たちは、イギリス中で後をたたない。
彼らがジェームズさんの仕事に感銘を受けているのは、単に無料だからというだけではない。
SNSには、配管工の姿をした天使と呼ばれる、その人柄や仕事ぶりを賞賛するコメントも数多く寄せられている。


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