ベテラン捜査官!天才が企てた完全犯罪に挑む

ベテラン捜査官!天才が企てた完全犯罪に挑む


アメリカ北東部、コネチカット州ナイアンティック、別荘が立ちならぶ海辺の町で…今から35年前の夏、恐るべき事件は起こった。
当初、ただの強盗殺人かと思われたこの事件は、後にひとりの天才が完全犯罪を目論んだ事件として、全米を騒然とさせることになる。
天才に挑んだ、たたき上げの捜査官。
誰も予想だにしなかった結末とは?


はじまりは今から35年前…その日エド・シャーマンは、ヨット仲間の友人の迎えで、恒例のクルーズ旅行に出発した。
エドとエレンは結婚17年目で、この時彼女は、妊娠中だった。
エレンはグラフィック・デザイン事務所を切り盛りする経営者。
エドは大学でマーケティング学を教える教授だった。


午後7時40分、エドはヨット仲間のヘンリー宅へ到着。
ほどなく…エドはエレンに電話をかけた。
その様子はヘンリーたちも見ていたという。


その後、男3人は車で5時間かけ、およそ500キロ先にある、メイン州のヨットハーバーへ。
翌朝、出航し、5日間のクルーズ旅行に出かけた。
だが…その後、何度電話をかけても、エレンは電話に出なかった。
そして出航してから2日目の朝…電話に出たのは警察だった。
そして、エレンが殺害されたことを知らされたのだ。


実は…この前日、エレンが電話に出ないことを心配したエドは、妻の同僚に電話をして、家の様子を見てきて欲しいと頼んでいた。
そして、同僚がエドの家を訪れると…応答はなく、ドアもロックされていた。
そこで鍵が開いていたリビングのガラス戸から中に入った。
そして…2階の寝室で、エレンの遺体を発見したのだ。


エドの連絡先を知らなかった彼は、やむなく警察に通報した。
その後、駆けつけたマルチック刑事と鑑識官が現場検証。
だが、指紋や遺留品など、犯人の痕跡は見つからなかった。
検視官が司法解剖した結果、死因は 首を絞められたことによる窒息と推定された。


早速、刑事は聞き込みを開始、第一発見者であるエレンの同僚に話を聞いた。
同僚は、夫・エドのことを疑っていた。
実は、エドは職場にいる女性と長年不倫関係にあり、夫婦の間では離婚話が持ち上がっていた。
エレンは離婚の決意を固めていたが、エドはそれに猛反対。
というのも…大学教授のエドの収入はさほど高くなく、夫妻の優雅な暮らしは、会社経営をするエレンの収入によって成り立っていたからだ。


だが、エドがエレンを殺害することは…物理的に不可能だった。
検視の結果、遺体の状態から死亡推定時刻は、エドがクルーズ旅行に出かけた日の午後10時から、2日後の午前7時と判明していた。
エドはこの日、午後7時30分に家を出ており、死亡推定時刻とされた時間帯は、友人たちとずっと行動を共にしていた。
つまり、彼には完璧なアリバイがあったのだ。


ところが…エレンの同僚は、マルチック刑事にこう言った。
「刑事さん、ヤツを舐めちゃいけない。エドはMENSAの会員なんです。」
MENSA(メンサ)とは、全人口の上位2%の知能指数を持つ者しか入会できない、国際的な組織である。
エドは、彼はミステリー小説や映画が好きで、どんなトリックでも解けると、よく自慢していたという。


さらに…エレンの同僚によれば、遺体発見時、冷房をつけているとは言え、部屋は寒すぎるくらいに感じたという。
だがその後、警察を呼ぶため、ドアを開けたまま飛び出してしまった。
さらに、最初に駆けつけた警察官がエアコンのスイッチをオフにしたことが判明。
ガラス戸が開いていたこともあり、マルチック刑事が駆けつけた時には、室温は外の気温と同じ位に戻っていた。


遺体の変化は、周囲の温度によって左右される。
仮に部屋の温度が16度だとすると、死亡指定時刻は36時間ほど早まるという。
つまり、エレンが殺害された時、エドはまだ自宅を出る前…すなわちアリバイが崩れることを意味していた。


だが…室温が最低温度の16℃だったっていうのは、憶測にすぎず、裁判になっても陪審員を納得させるのは難しいと思われた。
そこで、他に正確な死亡推定時刻を割り出す方法がないか探ってみることにした。
後日、司法解剖により、胃の中に残っていたトマトソースパスタの消化状況から、死亡する5時間前に食事をしていたことが明らかとなった。
これにより…パスタを食べた時間さえわかれば、死亡推定時刻を絞り込める。


そして、聞き込みの結果、エドが旅行に出た日、エレンと一緒に食事をしたという人物がいたことが判明した。
この友人の証言を元に、2人が食事をしたレストランを特定。
その店で出されているモノと、胃に残っていたパスタの成分が一致した。
これにより、エレンは12時過ぎから5時間後に殺された可能性が高いことが分かった。


エドが家を出たのが7時30分。
つまりエレンが亡くなった時、エドが自宅で一緒にいたとしても不思議ではない。
そのうえエレンの死後、エドは約25万ドルにも及ぶ生命保険を受け取っていたことも判明。


これらの証拠を手に、マルチック刑事はエドの元を訪れた。
だが、エドは、エレンはランチの余りを持ち帰ってきたと言って、タッパーに入ったパスタをマルチック刑事に見せた。
さらに…食べた形跡もあるため、夕飯にもう一度、食べたのだろうと主張した。
エドの主張通り、もしエレンが夕方以降にパスタを食べていたとすれば、死亡推定時刻は後ろにずれる。
つまり再び、エドのアリバイが成立することになる。


そこで警察は、事件当日、エレンがパスタの残りを持ち帰ったかどうか、ウラを取ろうとレストランに当たった。
しかし、全米有数の別荘地であるナイアンティックは、ちょうどシーズン中でレストランは大混雑。
店員は誰もエレンのことを覚えていなかった。
さらに…そんな警察をあざ笑うかのように、事件から1ヶ月後、エドは愛人宅で同居を開始。


警察はその後も、重要参考人としてエドを招致し、事情聴取を敢行。
しかし…「僕は、友人の家で彼女と電話で話し、その後はずっと彼らと一緒にいた。」と主張し続けた。
友人宅の通話記録を調べようにも、当時のアメリカでは、一般家庭の記録は保管していないケースが多かった。
この男が妻を殺害したに違いない…そう確信していても、警察は決定的証拠を上げることができなかった。


事件から2年が経過しても、決定的証拠を掴む事はできなかった。
結果、警察内部では、マルチックへの批判が噴出、彼はこの責任を取り、警察を辞めざるを得なくなった。
これにより事件は…エドの完全勝利に終わるかに思えた。


だが…警察を退職しても、マルチックは捜査を止めなかった。
少しでも情報を持っている人がいると聞けば、靴底を減らしながら、自腹でアメリカ各地どこにでも会いに行った。
その人数は、なんと200名にも及んだ。


そんなある日…エドの仕事関係者から驚きの証言があった。
エドとサスペンス映画の話をしている時…エドは、「遺体を冷やせば、死亡推定時刻なんて簡単にごまかせる。」と言っていたという。
もし事実なら、手口は全く同じ。
しかし、だからといって、決定的な証拠とは言えなかった。


そこでマルチックは最後の手段に出る。
判事の元を訪れ、エドを起訴したいと訴えた。
アメリカのごく一部の州では、十分な証拠がない場合、判事に事件の再調査を依頼、起訴の正当性を客観的に判断してもらう制度がある。
証拠が不十分なことに変わりはない、それでもマルチックが起訴に拘ったのには理由があった。
私欲のために妊娠中の妻を殺したはずの男がのうのうと生きている…裁判に持ち込むことで、世間の関心を高めたいと思ったのだ。


マルチックの熱意に動かされ、判事は事件の再調査を開始。
もし誤認逮捕をしてしまったら、司法が世間から激しい批判を浴びることは間違いない。
彼はこれまで長きに渡り、マルチックが調べ上げた証拠を丹念に精査。
必要とあれば、改めて証言者を呼び再聴取をするなど、その作業は2年間にも及んだ。


そして…判事はマルチックが集めたいくつもの状況証拠から、自らもエドが限りなく怪しいと判断。
負けることも覚悟で、起訴に踏み切ったのだ。
事件発生からおよそ4年半、ついにエドは逮捕された。


そして裁判が始まった。
検察側は、これまで得た証拠を元に、エドの罪を立証しようと試みた。
だが…裁判が進んでも、エドのアリバイを崩すことはできなかった。


裁判もいよいよ大詰め、エドの弁護士は検察側の最大の難所をついてきた。
友人であるヘンリーの家で、エドがエレンと電話で話していたと、もう一人の友人・ウェイドが証言したのだ。
「エレンと電話で話しをしていた」
この証言を聞いた陪審員の心証は、「エドは限りなく白」の方向に大きく傾いた。


その時だった…検察側は新たな証言者を申請したのだ。
法廷に現れた新たな証言者、それは…ヘンリーの娘、クリスティンだった。
エドがヘンリー宅から電話をかけていた時、電話を使いたかったクリスティンは、エドの電話がなかなか終わらないため、何を話しているのか気になり、別の部屋の子機で電話を聞いていたと言うのだ!


当時、固定電話のある家庭では、親機の他に子機を持っていることも多かった。
その場合、親機で通話している時、子機を取ると会話が聞こえる仕組みとなっていた。
そして、通話をしていない時は、発信音が聞こえる仕組みだった。


子機から発信音のみ聞こえたため、クリスティンは、電話が終わったと思い、1階に降りてみると、エドはまだ電話中だったという。
クリスティンは、こう証言した。
「最後に『愛しているよ』と言ったけど、電話はただプーーと鳴っていただけでした。」
エドのアリバイが崩れた瞬間だった。


だが、一体なぜ、クリスティンは今になってこんな重要な証言をしたのか?
彼女が父親とドライブをしていた時のこと…ラジオからエドが逮捕起訴されたというニュースが流れてきた。
ヘンリーは、エドがエレンと電話で話していたことから、エドは無実だと信じていた。
すると…クリスティンは、「ねぇパパ、この時のこと、ママから聞かなかったの?」と言って、あの日あったことを父・ヘンリーに打ち明けたのだ。


実は、クリスティンはこの電話のことを母親に話していた。
だが、母親は、パパには自分から話すから、誰にも言わないようにと、クリスティンに口止めをしていたのだ。
もしエドが無罪になったら、復讐されるかもしれないと思ってのことだった。
だが間もなく、夫婦は離婚したため、ヘンリーはこの事実を知らなかった。


しかし、打ち明けられたヘンリーは、すぐに娘とともにマルチックの元を訪れた。
そして、クリスティンのこの証言が決定打となり…事件から6年半後、エドはエレン殺害で懲役50年の判決を受けた。
そして服役から4年後、エドは心臓発作により獄中で死亡。
マルチック捜査官は、今から4年前に、70歳でこの世を去った。
彼は生前、こう語っている。
「凶悪犯を野放しにせずにすんでよかった」と。


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