運命を感じる映画のようなストーリー 音楽になった奇跡の絆とは?

運命を感じる映画のようなストーリー 音楽になった奇跡の絆とは?


アーティストのTATSUさんは数年前、人生を変えるような大きな挑戦をし、想像をはるかに超える反響を呼んだ。
きっかけとなったのは、ある人から聞いた話だった。
「彼女に音を届けたいと思ったんだ」
幸せに満ちた映画のようなストーリー。
音楽となり、日本中へ広がった絆とは?


今から23年前、三浦剛さんは芸能事務所に所属し、役者としてデビューしようとしていた。
デビュー時に苗字を名乗りたくないと事務所に交渉していた。
実は…彼の兄は、当時 横浜ベイスターズで活躍し、のちに『ハマの番長』の愛称で親しまれた三浦大輔投手だった。
剛さんも幼いころから野球を続けていたが、兄がプロに入ると、どこへ行っても『三浦の弟』と呼ばれるようになった。
『兄には勝てない、自分にはプロは無理だ』と、大学3年生の頃、プロ野球選手という夢を諦めた。
そこで、地元の劇団で舞台に数回出演した経験があったことから、役者になろうと芸能事務所に入った。


事務所の社長にはこう説得された。
「お前はこれからプロの役者だ。野球と演劇、舞台は違えど、お兄さんと同じプロになるわけだ。だからよ、自分から逃げずに、胸を張って舞台に立て!」
そして、本名でデビューする事になった。


その後、演劇集団キャラメルボックスに所属。
そのかたわら、草野球チームで趣味として野球を続けていた彼に、運命の瞬間が訪れる。
チームを率いている、俳優の萩原聖人さんから「来年舞台でお前と共演するって人がいらしてるぞ」と言われ、行ってみると…女性が立っていた。
初対面にも関わらず、まっすぐに目を見つめてきた彼女に剛さんは一目惚れ。
彼女は手話で自己紹介をした。
彼女は耳が聞こえなかったのだ。


忍足亜希子さんは、この2年前、映画『アイ・ラヴ・ユー』で主演を務め、デビューした女優だった。
彼女の耳は、生まれつき高音は全く聞こえず、太鼓などの低い音の響きを微かに感じられる程度。
だが、『耳が聞こえない人は、孤独でも可哀想な存在でも無い』という事を知って欲しいと、5年間働いていた銀行をやめた後、映画のオーディションに参加、女優デビューを果たしたのだ。
剛さんは、出会った瞬間『恋』に落ちた。


1年後…舞台稽古の顔合わせで、再会を果たした。
およそ1ヶ月後…亜希子さんから手話を学ぶ事になり、二人は距離を縮めていった。


そして、剛さんは手話で交際を申し込み、二人は交際を開始した。
亜希子さんと心を通わせ、支えになりたいと思った剛さん。
音の聞こえない世界を知ろうと、耳栓をして生活したり、手話を学ぶ番組を音を切って見たりするなどした。
3ヶ月ほどで、日常会話程度の手話をマスター。


そんなある日、演出家に集中力が感じられないと、激しく叱責された。
剛さんは落ちこんだ気持ちを隠して、家に帰ったのだが…亜希子さんは、すぐに剛さんの異変に気がついた。
心配してくれる亜希子さんに、剛さんは思った…“この人には死ぬ時に横にいて欲しい”と。
初めて抱いた、結婚願望とも言える感情だった。


ところが…交際開始から半年後。
亜希子さんから別れ話を持ちかけられた。
彼女は「あなたには、手話に縛られて、大変な思いをして欲しくないの」と、剛さんに伝えた。
耳が聞こえる人と聞こえない人の恋愛は、うまくいかないケースが多いという。
原因の多くは心のすれ違いだった。
結婚してからは、手話が面倒で使わなくなってしまう場合も多いという。
耳が聞こえる人との間に壁を感じていた亜希子さんは、将来を考えると、このまま恋人でい続ける自信が持てなかった。


剛さんは亜希子さんのことを諦めるため、彼女の前から逃げるように姿を消した。
また、彼女のことを思い出してしまうという理由で、手話を見るのも嫌になり、手話との関わりも完全に絶った。


破局からおよそ5年、劇団の芝居以外にも様々な活動を続けていた剛さん。
ミュージシャン二人と『芝居』と『音楽』を融合させたライブもはじめていた。


そして、さらに1年後、剛さんはキャラメルボックスの舞台の終演後の打ち上げに参加していた。
そこに亜希子さんがやって来た。
彼女は、主演していた俳優とドラマで共演した縁で、舞台を観に訪れていたのだ。
その日は、手話通訳者がいなかった。
そのため、交際していたことは公表していなかったのだが…剛さんが手話通訳を頼まれた。


専門家によると、しばらく手話を使っていなければ、通訳などできるはずがないという。
だが、彼は手話を覚えていた。
それどころか…6年前より滑らかな動きで、さらに上達していたのだ!


実は、『芝居』と『音楽』を融合させたライブをやることになった時のこと。
剛さんも歌うことになったのだが…ミュージシャン二人と一緒に歌ったら、自分だけ歌が下手で間違いなく浮くと思った。
そのために、歌だけでなく、何かをしなければと考えた。
そこで、自分に何ができるのか過去を思い返し…歌いながら手話をすることを思いついた。
5年間、手話との関わりを絶っていたのだが…大好きな女性に思いを伝えるために使っていた手話は、彼の一部となっていた。
そして、気づいた…いくら目を背けても、彼女と過ごした日々も彼の一部、その輝きが失われることはないと。


剛さんは、過去から目を背けることなく、手話をライブで使うことに…。
そのため、6年前よりもさらに上手な手話で、通訳をする事ができたのである。
亜希子さんへの想いをどうしても断ち切れないことに改めて気づいた剛さんは、彼女を食事に誘った。
そして…もう一度、交際を申し込んだ。
亜希子さんの返事は…「はい!」


およそ一年後…剛さんは亜希子さんにプロポーズ!
そして、二人は夫婦となった。
現在、剛さんと亜希子さんは…一人娘の優希ちゃんにも恵まれ、家族3人仲良く暮らしている。
亜希子さんが耳が聞こえないこともあり、優希ちゃんも含め家族三人、家では手話を使っている。
また先日、映画デビューを果たし、現在、親子3人で俳優を続けている。


彼らは4年前、信じられない事に遭遇したという。
「ある曲を聴いた時に、自分たちが経験した事ととても似てるなって思ったことがありまして。実はそれが、我が夫婦の話をモデルにしているって聞いて、とてもびっくりしたことがありました。」


その曲を歌っているのは、冒頭に登場したTATSUさん。
実はTATSUさんは、手話とダンスを交えて歌を届ける2人組ユニット、HANDSIGNのメンバーなのだ。
今から6年前、彼は手話のイベントで剛さんと出会い、雑談する中で…亜希子さんとの映画のようなラブストーリーに感銘を受けたのだという。
そして1年半後、三浦夫妻の話を軸に、いくつかの実話を元に作った楽曲、『僕が君の耳になる』をリリースしたのだ。
実話を歌にするのは初めての試みであり、批判を受けるのではないかと恐怖を感じる部分もあった。
だが、耳が聞こえる聞こえないにかかわらず、多くの人から想像を超える反響があり、MVはおよそ1000万回も再生された。


TATSUさんが手話を扱ったドラマを見た時、歌っている時に手話を入れたら、カッコいいんじゃないかと思ったという。
そして、HANDSIGNを結成した二人。
半年後、耳が聞こえない人たちの前で初めて踊ることになった。
すると…不良っぽい格好をした人たちが手話でダンスをしているギャップが良いと、お客さんからも好評だった。
そして、活動を続けるうち、目の前の人たちと真剣に向き合うようになっていった。
耳が聞こえない人たちに意見をもらい、手話ダンスを改良していった。
そのステージが評判となり…海外支援活動をする団体からも声がかかった。
そして4年前、三浦夫妻や元メンバーの友人の実話を元にした曲、『僕が君の耳になる』を発表。
『好きな人とだったら どんな壁も乗り越えられる』という思いを歌ったこの曲は、大きな反響を呼んだ。


最後にTATSUさんはこう話してくれた。
「結成してちょっとメディアに出て皆さんに知ってもらった時期に、結構いろんなインタビューで『手話を武器にしてるとは思ってませんか?』みたいな質問をされるんですけど。例えば『英語は武器ですか?』って聞かれた時に何かかっこよかったりとか…でも手話だとなぜか障がい者のものを武器にするなとかって言うイメージがあると思うんですけど、英語だって言語だし、手話って言語だから、本当は同じ位置にあって、かっこよく思われても絶対良いはずなんですよ。手話できたら誰かと話せるわけじゃないですか?普通にカッコいいじゃないですか? なんか物事を始める時に、きっかけってあったりもするし、逆になかったりもするじゃないですか? 自分が良いと思ったら、それをやるべきかなと僕は思います。」


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