家族の仰天事件 2時間SP

家族の仰天事件 2時間SP


『家族の事件映像 Part 1』


【驚異!父の腹で魚拓ならぬ顔拓】
日焼けしたお父さんに抱きついたら、くっきり跡が残って大爆笑!
こんなことで一家団欒。
なんと幸せな家族でしょう。


【悲劇! ドッキリを仕掛けられたのは…?】
おもちゃのたまごを額にあてて、娘にドッキリを仕掛ける父。
そして今度は、娘を使いお母さんに対して仕掛けようとする!
すると、おもちゃのはずが割れてしまった!


時を戻してみると…娘に渡したたまごは、本物にすり替えられていた!
そうとは知らず、おもちゃのたまごと思っている娘は、パパに言われた通り、全力顔面たまご!
この後、パパはママにこっぴどく叱られた!


【クール過ぎる! 我が子の主張】
少女の主張をお聞きください!
母「抱きしめてくれる?」
娘「抱きしめないわよ。私がママを抱きしめるって? ダメよ。私は抱きしめない。私は大きくないし、私は赤ちゃんなの。赤ちゃんはママを抱っこできない。子供だってママを持ち上げられない。小さすぎる」
と、主張は全く小さくなかった、チャイルドシートの赤ちゃんでした。


【キスが苦手?な赤ちゃん】
この赤ちゃんはキスをされると、かじってしまう。
でも、それが可愛い。
家族みんなを笑顔にする赤ちゃんでした!


【激痛! 息子を襲ったクリケット直撃事件】
クリケットを楽しんでいる家族に事件が…お母さんが投げ、父が打ったボールが息子に直撃!
楽しいはずの休日にまさかのハプニング!
息子はしばらく悶えました!


【娘が〇〇で大ピンチ!? 】
補助器具で遊んでいたら、回り出して止まらない!
父親「Wao!」
Wao!じゃねぇよ!って思った赤ちゃんでした。


【爆笑! バイク初心者の父 VS 息子】
この男性が話しかけているのは、バイクに乗った父。
実はこの父、最近免許を取ったばかりで、1人で乗るのが怖く、息子に倒れないように持っていてもらいたいのだ。
父「離すなよ!」
息子「離さないってば!」
手伝ってもらっているのに、息子を全く信用しない父親。
そして…息子がしれっと手を離し、父は無事に走り出した!
なんか微笑ましい親子。
しかし、父は最後に「嘘つきめ!」と叫んだ。
この後、父がちゃんと停車できたことを祈るばかりだ。


【危機一髪! ヒーローになった父親】
買い物中の父と息子。
すると、暴走車が突っ込んできた!
異変にいち早く気づいた父、間一髪で息子を抱きかかえる!
幸い、運転手も含め怪我人はいなかった!
パパがヒーローになった瞬間だった!


【母と横着息子の紙パックチャレンジ】
母親にお使いを頼まれた息子、手には紙パックの飲み物。
これを紙袋に投げ入れ、2階の母親に渡したい。
果たして…紙袋に入ったものの、破れてそのまま落下して、大破!
ちょっと階段を登ればいいものを楽をしようとしたからこうなった。
このあと、再び買い物に行く羽目になった息子だった。


【留守番パパの悲惨な末路】
こちらのパパは、ママの外出中に息子と留守番。
子供が動き回って怪我をしないように柵をたてる。
そして、子供の前におもちゃを置けば、あとは1人で遊んでくれる!完璧だ!
ところが、柵を越えようとしたら、足がひっかかりそのまま転倒!
なんか、あーあって感じ。
子供はぽかーん。
留守番パパの残念事件でした!


幸福な一家に突然 訪れた悲劇


今から20年前、オーストラリアのウェストレイクスショアで、幸せに暮らす5人の一家がいた。
この日、仕事を終えた父親ケビンは、子供たちを連れてレンタルビデオ店へ向かった。
子どもたちにとって、レンタルビデオ店に連れて行ってもらうのは、特別な楽しみだった。


家族にとってはありふれた日常だったのだが…それは、突然 惨劇に変わった。
ケビンと息子たちが家を留守にしていた、わずか30分ほどのあいだに、キャロリンが惨殺されたのだ!
帰宅したケビンと息子たちは、愛する家族の無残な姿を目の当たりにした。
すぐに救急車を呼んだものの、その場で死亡が確認された。


キャロリンの身体には、胸からお腹にかけて複数の刺し傷があり、現場の床には犯人のモノと思われる靴跡が残されていた。
また、庭の茂みから犯行に使ったナイフが発見された。
そのナイフは、もともとこの家のキッチンにあったものだった。


事件について、心当たりはなかったが、以前、盗みに入られたことはあったという。
この日、盗まれたモノはなかったが、警察は今回も何者かが盗みに入った可能性があると考えた。
犯人は自宅にいたキャロリンに気づかれ、騒がれたため、キッチンのナイフで殺害。
金目の物を物色しようとしていたとき、父親と息子たちが帰ってきたため、慌てて逃げたのではないかと警察は睨んだ。
行きずりの強盗殺人の可能性が高かった。


その後、庭で発見されたナイフからは指紋が検出されたが、すぐに犯人の特定には至らず、捜査は難航した。
そして事件から1週間後、キャロリンの葬儀が行われ、悲しみに暮れる家族の姿は多くの人の涙を誘った。


キャロリン殺害事件から数週間後、ある男が、スピード違反で警察に捕まった。
男の名はデビッド。
警察は100キロを超える悪質な違反だったということもあり、その身柄を拘束した。


警察がデビッドの所持品を調べたところ、とんでもないモノが見つかった。
それは、この街に実在するダレンという男性を殺害するという契約書だった。
ダレンの顔写真の他、仕事先や日常の行動パターンなどが記されていた。
だが、追及を受けたデビッドが供述を拒否したため、これ以上の情報は聞き出せなかった。


そこで警察は、ダレンの自宅を訪れ、探りを入れてみることにした。
すると…妻と財産など離婚の条件で揉めている最中だという。
ダレンの妻の名は、ミシェルと言った。


そして、警察がダレンの妻ミシェルの周辺を調べてみると、驚くべき事実が判明した。
なんと、ダレンの妻ミシェルとデビットは恋愛関係にあったのだ。
デビッドは独身だったが、既婚者ミシェルとの不倫にのめり込んでいたという。
だが、この時点では殺人契約書が発見されただけ。
犯行は実行されていないため、もし言い逃れをされてしまえば、二人を罪に問うのは困難と考えられた。


そこで、次に刑事たちが訪れたのは、デビッドの姉の家だった。
実は彼女はミシェルの親友だった。
デビッドも姉からの紹介がきっかけで、ミシェルと知り合っていたのだ。
彼女の話によれば…なんとミシェルはあの殺人契約書を不倫相手であるデビッドの姉に見せていたというのだ!
だが、デビッドの姉は本当に殺し屋を雇うなんて思っていなかったという。


そして…こう言ったのだ。
「でも、まさか、まさか本当に実行するなんて。」
実は彼女によれば、なんと殺人契約書は2枚あったという!
そしてそれはすでに発見されているダレンのものと、数週間前に家で何者かに殺されたキャロリンのものだったというのだ!


さらに、この衝撃的な証言を裏付ける決定的な証拠が…あの日、殺害現場に残されていた凶器についた指紋と靴跡が、今まさに身柄を拘束中のデビッドと一致したのだ!
しかし、デビッドもミシェルもキャロリンとは全く接点がないはず。
動機は一体何だったのか?


実は、その点に関しても警察はデビッドの姉から思いもよらない驚愕の真実を入手していた。
なんと、ミシェルが語っていた「恋人」というのは、デビッドのことではなく、殺されたキャロリンの夫、ケビンのことだった!
つまりミシェルは結婚していながら二股をかけており、しかも、本命はケビンの方だったのだ!


ミシェルは自分とケビンの関係は隠した上で、デビットを色仕掛けで操っていたにすぎなかった。
その後、警察からミシェルの本心を聞かされたデビッドは、ミシェルに対する激しい怒りを表すと、やがて犯行を全面的に自供。
ダレンについてもスピード違反で捕まったあの時、ちょうど殺しに向かう途中だったことを告白した。


これで全て解決したかに思われた一連の事件。
だが、デビッドの供述によって、まだ最も大きな秘密が残っていたことが明らかになる。
なんと、キャロリンの殺人契約書を書いたのは、ケビンだと言うのだ!


ケビンは、妻を家で一人きりにするために、息子たちをレンタルビデオ店に連れ出したのだ。
デビッドとミシェルは、キャロリンが一人になったのを見計らい、家を訪れた。
犯行前、デビッドはケビンが書いた殺人契約書をわざわざキャロリンに見せつけた。
そうするようにミシェルが望んだからだ。


そして、キッチンにあったナイフで、デビッドが殺害を実行。
だが、何を思ったか、デビッドは犯行に使ったナイフを庭の茂みに無造作に投げ捨て、またミシェルもそのことを気にとめなかった。
結果的にナイフについた指紋がデビッドの逮捕に結びついた。


一方、ケビンは、息子たちを自分のアリバイ作りに利用し、惨殺された母親を目の当たりにさせた。
40歳のケビンは、13歳年下の不倫相手ミシェルに溺れ、彼女の望むまま妻の殺人契約書を書いた。
ミシェルとケビンとデビッドは逮捕され、裁判でデビッドには懲役20年。
ミッシェルとケビンには終身刑が言い渡された。


幸せな家族を襲った惨劇の黒幕は、不倫に溺れた父親だった。
そんな父親について、のちに息子の一人はこう語った。
「母を殺すために殺し屋を雇い、不倫関係にあった『愚かな女』のために家族の人生を台無しにした父を決して許さない。」


産みの母を探す女性 たどり着く驚愕の真実とは!?


スウェーデンのストックホルムに住むマリアは、家族を何より大切にする両親に育てられ、幸せな生活を送っていた。
だが、いつも心のどこかに引っかかるものを抱えていた。
それは…スカンジナビア系の白い肌の両親に対して、自分は褐色の肌であること。


マリア、そして血の繋がりはないが弟であるダニエルは、ともに当時貧困のため国際養子縁組を多く活用していた南米のチリから、その受け入れに積極的なスウェーデンに住む養父母の元に預けられた。
養父母と、マリアたちは本物の家族になっていたが、彼女は大人になったら自分のルーツを探してみたい…そう思っていた。


マリアが11歳になった時、母は彼女に養子縁組の書類を見せてくれた。
産みの母について、当時、養母から聞かされたのは、住み込みのメイドをする10代の少女だったということ。
マリアの兄に当たる子どもを両親に預けて働いていたが、大変貧しく、生まれたばかりの赤ん坊の幸せを考え、マリアを手放したということ、それだけだった。


そして時は流れ、20歳を迎える頃、マリアは自分と両親を引き合わせたスウェーデン国内の養子縁組センターを訪れた。
ところが、マリアの情報は書類に載っている以上のものはないため、チリ本国に問い合わせてみるしかないという。


どんな些細なことでもいいから、産みの母について知りたかったマリアは、それから3年後、ついに北欧のスウェーデンから13000キロ離れた、生まれ故郷である南米のチリへ飛んだ。
ところが、チリの家庭裁判所は個人情報の開示を拒否。
その後も手がかりを求め、児童福祉局などを回ったが、産みの母親の現状に関する情報は得られず。
結局、何の成果もないまま帰国した。


それはマリアがチリから帰国して、5年ほどが経ったある日のことだった。
なんと、母親探しをする中で知り合いになっていたチリ人のジャーナリストが、調査の結果、マリアの産みの母親に当たる人物と実際に会うことが出来たというのだ。
しかし、今は別の男性と結婚し、子どももいることから、マリアと直接会うことは難しいとのことだった。


後日、二人は電話で話をすることだけは許された。
そこで母は意外なことを言った。
「これだけは信じて。私はあの時、あなたを養子に出すつもりなんてなかった。あなたは…盗まれたのよ。」
もちろん当時、産みの母は探そうとしたが、何もわからず、途方に暮れるしかなかったのだという。


盗まれたとは一体どういうことなのか?
真相を知りたいと思ったマリアは、スウェーデン養子縁組センターの責任者に会いに行った。
だが、結局、養子縁組センターに行っても、新たな情報を得ることはできなかった。
この先、母と直接会うことも叶わない以上、もはやどうすることもできない。
こうして産みの母探しの旅は終わったかに思えた。


だが、それから14年後、驚愕の真実が明らかになる!
その頃 マリアは、すでに結婚し、オーストラリアへ移住。
3人の男の子にも恵まれ、幸せな毎日を送っていた。
一方で、会えないままの生みの母親への思いが心から消えることはなかった。


そんなある日、彼女はチリ国内で放送された養子縁組をテーマにしたドキュメンタリー番組の存在を知る。
番組を見て、やはり諦めきれないと思った彼女は、かつて母探しに協力してくれたジャーナリストに再び連絡を取り、調査を依頼した。
すると、そのジャーナリストから、チリで保管されている、かつては見せてもらえなかった養子縁組の書類が手に入ったという連絡があった。
そして…「チリ側の記載内容には間違いや記入漏れが多数あり、公式書類としては異常なほどずさんでした。不正に行われた養子縁組だった可能性が非常に高いと思います。」ということだった。


自分のルーツを探り始めてから、すでに20年以上。
ショックを受けつつもようやく確かだと思える情報を手に入れたマリア、そんな彼女が次に考えたのは、自分と同様にチリから養子でやってきた弟・ダニエルのことだった。
ダニエルは幼い頃から外見のせいで、いじめられてきたこともあり、大人になったあとも鬱に苦しみ、睡眠薬なしでは眠れない。


マリアは以前入手できなかった自分の書類が手に入ったということは、血の繋がらない弟・ダニエルの母も探せば見つかるかも知れないと考えた。
もし見つけることが出来れば、生きることに苦しんでいる彼が前向きになるきっかけを作れるかもしれない。
彼女は、同じジャーナリストにダニエルの情報を送り、産みの母探しを依頼した。


すると…調査の結果、産みの母親が見つかったとの連絡が。
マリアは一度話をしたいとのメッセージを、ダニエルの生年月日などの情報を添えて送った。
すると、帰ってきた返事の内容は、あまりに衝撃的なものだった。
「仰る意味がわかりません。確かにその年のその日、私は出産しました。でも、その子は生まれてすぐ、死んでしまったんです。」


だが実はマリアにとってこの答えは、大きな驚きではなかった。
なぜなら、今回彼女を動かすきっかけとなったドキュメンタリー番組、その内容というのが…
1970年代から80年代、盗まれたり、死んだことにされたりして、海外へ養子に出された子どもが、チリには2万人近くいるのではないかというものだったからだ。


番組によれば、子供を奪い取っていたのは、養子縁組の斡旋業者だったと言う。
斡旋業者は、医師や看護師など病院関係者を買収して、子どもを奪い取り、裁判所に申請。
認可する裁判官たちも買収していた。
こうして奪い取った子供を、純粋に子供が欲しい、または貧しい子供を救いたいという海外の養父母の元へ送った。
そしてそんな心優しい養父母たちから、活動費の支援などを募り、寄付金という名目でお金を受け取っていたのだ。
しかし、これは完全な人身売買、本来ならばとんでもない重罪だ。
にもかかわらず、なぜ 当時このことが問題にならず、関わった人間が誰も取り締まられなかったのか?


実は、当時のチリには、驚くべき特殊な事情があった。
マリアが生まれる2年前、軍事独裁政権がクーデターにより誕生。
国際的に大きく孤立していた。
それゆえ、国は極度の貧困に陥っており、何とか諸外国との国交を回復させる必要があった。
そこで当時の政府が目をつけたのが、以前から多く行われていた国際養子縁組制度のさらなる活用だった。
貧困の中で生まれた子供を養子に出し、「人道的に支援して欲しい」と世界に訴えることにより、チリ政府自体が「人道的な国家」であることをアピール。
国際的な孤立から脱却する狙いがあったという。


こうして政府は斡旋業者と利害が一致したため、斡旋業者の横暴を黙認。
政府の中にはむしろ積極的に加担していた者も数多くいたと指摘されている。
この実態を告発したドキュメンタリーが今から4年前に発表されると、瞬く間にチリ全土を揺るがす大スキャンダルへと発展。
現在は正常な民主国家として生まれ変わっているチリ政府は、これを受けて3年前、調査委員会を設置。
1年後の中間報告で、その行為が「人権侵害だったことは明白」という発表を行なった。
現在も全容は調査中で、この問題が解決に至るのは、まだまだ先になりそうである。


だが、この問題が発覚したことによって、長年の苦しみからほんの少しだけ解放された人もいた。
幼い頃から、自分が何者なのかわからず苦しみ続けていたマリアの弟ダニエルは、今から2年前、一度も会ったことがなかった産みの母、パトリシアさんとついに会うことができた。
その後、ダニエルは一時的にチリに移り住むほど、血の繋がる家族との親交を深めた。
もちろんスウェーデンの両親との関係も良好で、彼にとっては今自分を心から支えてくれる2組の家族がいることが何よりの誇りなのだという。


そんなダニエルとマリアは、現在、自分達と同じような境遇でチリから養子として外国に渡った子供とその実の親を再会させるための活動を精力的に行っている。